「零の刻」その16

何とか12時にはハイラムの部屋の、ドアの前に立つことはできた、しかし鍵がかけられたままだ・・・
そこで精神を集中し、ドアを留めているボルト自体を外すことにした、そうしてドアは軋みをあげて開かれた・・・

ハイラムはベッドに腰掛けている
「いったい?」口を開きかけたハイラムに
フォーチュネイトは沈黙を促した・・・
それは走っている電車で軋みを聞き取るような
ものだった・・・
ホテル全体が絶え間なく発しているわずかな音、低音の唸りに耳をすましたのだ・・・
そうして静寂の中から鼓動を聞き分ける、
そのためには己の鼓動さえも殺さずばなるまい・・
ハイラムの他には誰もいないように思える・・
その静寂にたえかねて首を振ったときにそれは起こった・・・
ハイラムに向かって動くスピードの、残像のようなものを感じたのだ・・・
バスルームのドアが滑って開きはしたが、誰の姿も見えはしない・・・
そういえば天文学者はフォーチュネイトの精神に働きかけ、己の姿を知覚させないようにしたことがあったが・・・
時のみが零れ落ちていくようにも思える・・・
そこで手を持ち上げ、部屋を四角のフレームであると知覚し、そこに満たされた重い大気をひとさし指と親指の間で感じ取ることにした・・・
するとクローゼットの大気が乱れて、ドアが開かれるも、やはり竹の模様があしらわれた壁には何者の姿も映されてはいなかったが、ベッドの足下からサムライソードの白刃が伸び、ハイラムの頭にゆっくりと迫っていくではないか・・・
それは永遠にも思える時間に思えたが、何とかハイラムに飛び掛り、彼を床に伏せさせた。
そこで堅いものを削るような音が後ろでして、
振り向くとマットレスがゆっくりと二つに切り裂かれていくではないか・・・
刀に意識を集中すればよい、そう思い定めると、まずは刀、次は腕、そうして身体全体、白いシャツに灰色のズボンから素足を露出させた若い日本人の姿が、ゆっくりと見て取れるようになった・・・
その緊張を緩めると、ゆっくりと時間が動き出したように感じられた・・・
床を歩く足音が聞こえる、目をそらしてはならない、そうしたら姿を見失ってしまうであろうから・・・
「刀をおろせ」そう声をかけると
「見えるのか?」と英語で返してから、
男はドアに向かって駆けだした。
「そいつをおろすんだ」今度は命令の意思をこめたが、目をあわそうとはせず、力を及ばすことはかないはしなかった・・・
そこでドアに目をやると、あろうことがそこには赤いシルクのパジャマを着たタキオンがいて、その後ろにはミストラルが立っている・・・
そのタキオンの姿にこれまでにない殺意を感じはしたが、モリに視線を戻すと、モリの姿が見えなくなっているではないか、背筋にパニックが伝うような感覚を感じながらも、再び刀の位置を摑むよう勤めた、ようやく刀の姿をとらえたが、その白刃はまさにタキオンをゆっくりと切り裂こうとしているではないか・・・
鋭くしなって、日輪のごとき輝きを放っている鋼鉄の刀身に意思を集中し、
来い
と念じ精神の力でモリの手から刀を引き寄せるだけのつもりだったのだが、刀は回転し始め、10何回かぐるぐる回ったあとでベッドの脇の壁にめり込んだ・・・
タキオンは間一髪救えたものの、その回転する白刃は、モリの頭を胴体から切り離してしまっていたのだった・・・