ワイルドカード4巻「ザヴィア・デズモンドの日誌」パートⅩその1

         G・R・R・マーティン

      3月21日 ソウルへの途上にて


過去がわたしを追いかけてきたように思えたのです。
そんな想いがわたしのこころを蝕んでおりました。
二日前には彼の存在において思い返された事柄を押し殺し、
この日誌には綴らないと決めていたのですが、
ベストセラーになることはなくとも、少なくともスタックドデッキに
乗り込んだセレブたちに関する言及がアメリカ大衆の興味を引かないとも
限らず、そして何よりもJADLは慎み深さを歓迎する傾向があるとはいえ・・・
出版が取り沙汰されるとしても、やはり私が安全に埋葬されたあとで
あり、それであれば何の害意ももはや及びはしないと思い至り、大手を
振ってフォーチュネイトのことについても書き留めることにしました・・・
なんと臆病なことだとののしられるもしれませんが、ジョーカーというものは生来臆病なものなのです、
私の記述でジョーカーそのものがテレビで笑いものにされるというおぞましい事態に至るかもしれず、それならばフォーチュネイトに関する記述を削除するにはやぶさかではありません・・・
実際フォーチュネイトと私との数年に及ぶ係りというものは、極めて個人的問題であり、他に記した政治や世界情勢とは何ら係わらない話であるからです・・・
そう考えると、かえって気は楽になってまいりました。
タキオンペレグリン、ジャック・ブローンにディガー・ダウンズといった人々の機内を飛び交うゴシップというものをも記してきたのですから、彼らの弱みというものが公共の関心であり、私のそれがそうでないなどと言い張るつもりもありませんから・・・
ともあれエースの話題に魅了されはしても、ジョーカーの話題に対しては蓋をしたがる傾向というものが少なからずあることも確かなのですから・・・私にはことさらに綴る必要があると思われたのです・・・
私はこの日誌を特別な伝記にするつもりはございません・・・ただ一人の誠実な人間の記録としたい、そう望む一心でしかありはしないのですが・・・40年近くジョーカーとして生きるということにわずかながらでも理解を示していただきたく・・・そのためにフォーチュネイトとのことも語ることにしたのです・・・
それは私の中に深く横たわる恥の感情とも無縁ではないのですから・・・
フォーチュネイトは今東京にいて、ハイラムがツアーを離れ、突然なぞの失踪というものをしていたときに、手を貸してくれたと聞き及んでいます・・・
もちろん私は、何が起こったのかすべて知っているふりをするつもりはありませんし、多くが沈黙を守っている以上、それに言及するつもりもありません・・・もっともハイラム自身はカルカッタで戻ってきてからは元に戻ったふうですらありはしましたが、それでもどこか急いでいるふうであり、それは日増しに強まっているように思われ・・・移り気で居心地が悪く、何かを隠しているように感じられるのですが、これはハイラムの問題であり、私はもどかしいことに何も知らないのですから・・・
今はフォーチュネイトのことを語るべきでしょう・・・
もちろん彼がホテルに現れて、廊下で短い会話を交わした・・・ただそれだけなのですが・・・
私には彼との過去に及ぶ因縁、それ自体を想起させてしまったのですから・・・