ワイルドカード4巻「零の刻」その7

ロッポンギ界隈は、ギンザの三キロ南西にあり、トウキョウの一角であり、
深夜には多くのクラブが花開く場所だ。
遅くにはガイジンが多く群がるディスコやパブもあり、そこには西洋人の
ホステスもいるが、しばらくは距離を置いていた場所でもある・・
深夜の最終電車で都市の中央である、そこに着いて、ロッポンギの町にくり出した。
はじめてトウキョウに着いたときも、抑えがたい快楽、性交にアルコールを求め、
一度ならずここを訪れたものだった・・・
ここには薬付けにするという野蛮な裁きを下すこともある、ということも知らずに・・・
幸いそうなることは免れたものだったが・・・
今も観光客で溢れ、彼らの言語による絶え間ない騒音と、音楽の激しい鼓動に
満ちている、そこには少なからぬ快楽が手招きし渦巻いているに違いない・・・
ともあれまず三箇所をあたってみたが、ハイラムもアヒルすら覚えているものは
誰もいない、そこで北Berni Innバーニー・インに行くことにした。
この界隈で南北に二店ある店舗の片割れだ・・
そこは英国風パブであり、ギネスとキドニィパイが名物の赤いベルベットで覆われた
店で、テーブルの半分は客で満たされており、外国の観光客も2〜3人みかけるが、
大テーブルは日本のビジネスマンで占められている・・・
フォーチュネイトは注意深く様子をうかがいながら、日本人たちのテーブルに近づいていった。
ミズショウバイはセッタイという名でビジネスマンに用いられることがある。
ここで会社から連れ立ってきた少年と、一晩中過ごすのも仕事の内なのだ。
そういった少年の内、もっとも若く小柄な奴が大声をあげ、笑い興じている、酒の力を借りて、気が大きくなっているのだろう、そうして
正気を失ったまま、ことに及ぶのだろう・・・
年配の男が甘い言葉を囁いている、力を使わなくとも、そういった男たちが何を考えているかが手にとるようにわかった・・・
ジャパニーズビジネスマンでもタツジンと呼ばれる存在は、己自身からも本心を隠し通し、完璧なまでに己の存在を消し去るといわれているが・・・
バーテンダーも日本人であり、せっせと仕事に打ち込みながらも、フォーチュネイトに驚きと恐怖の入り混じった視線を注いでいる・・・
日本人はガイジンを巨人とみなしており、6フィートであって、痩せぎすで屈んでいてすらいても、猛禽に見下ろされるように感じるのだろう・・・
それを想像すると子供じみた悪夢の存在に、自分がなったようにすら感じる・・・
「ゲンキ・デスネ?」かすかにお辞儀してみせてから丁寧に尋ねた。
「ナイトクラブを探している」そう日本語で話し、バーの赤いナプキンにアヒルの絵を描いて示すと、バーテンダーが頷いたが、その顔には恐怖が滲んだこわばった笑みが張り付いている。
そこで日本人でないウェイトレスの一人が、奥から出てきて、フォーチュネイトに微笑んでみせた・・・
「トウサンはここでの厄介ごとは望んでいません」その口調には、北イングランドの訛りが感じられ、ダークブラウンのその髪にはしが挿され留められている・・・
「何をお求めですか」
「ナイトクラブを探している、この辺りだと聞いている、こんな感じのアヒルの看板が課かかっていて、ここのような店で、ガイジンを相手にしているらしいが、あまりまっとうなショウバイでないらしい」
その女はフォーチュネイトが示したナプキンを眺めていたが、その表情はバーテンダーと同じ渋いものとなったが、日本人特有の完璧な笑みで覆っている。
ヨーロッパの顔立ちには奇異に思われるが、本人は気にも留めていないのだろう・・・
「存知ません・・申し訳ありませんが」
「ここにはヤクザが噛んでいるらしいが、俺はサツじゃないし、厄介ごとも御免だ、友人が借りたものを返したい、ただそれだけだ、彼らもそれを望んでいるはずなんだ」
「そうおっしゃられても」
「あなたのお名前は?」
「Meaganミーガン」
答える前から、それが嘘の名であることはわかっていた。
「イギリスのどの辺り出身ですか?」
「イギリスではありません」
そこでナプキンをくしゃくしゃに丸めて放り投げてから再び口を開いた。
「ネパールから来たの」そう答え獰猛な笑みを浮かべ、立ち去ってしまったのだ・・・