ワイルドカード4巻「零の刻」その6

ペレグリンに電話していた。
赤い線の入った市内通話専用の公衆電話で、
3分ごとにビーッという音がして10円硬貨
を入れなければならず、硬貨を握り締め電話
するはめになった・・・
「見つけたよ」そう伝えた「助けはいらないそうだ」
「無事なのね」その声は欠伸交じりで、ベッドの
薄く白いシーツの上で、伸びをするあの人の姿が
想像できた・・・
実際力は残されていないが、アストラル体を投影したり、
Prana(ヨガ)の一撃を投げつける仕草をしてしまうことはある・・・
そして感覚自体は研ぎ澄まされたままなのか、
ウィルスに感染して以来かつてないほど鋭く
あの人の身体と髪の発する香りを近くに感じてならない・・・
「だいぶまいっていてやつれてはいるが、今のところは何も起こってはいない」
「今のところは、って?」
ヤクザから金を要求されている、2〜3千だかなんだか、といっていたが、意思の行き違いから発生したものだから、払う必要はないといったのだが、聞き入れてもらえなかった、彼は金策に走っている、この国ではPride面子というものが立たなければ死で報いるしかないとして、多くの人間が死んでいるのだとか・・」
「彼もそうなると?」
「このままではな、そこで立て替えることも提案したのだが、それも断られた、そこで裏を探ることにしたが、どこのClan組の仕業かが突き止められない、このままでは連中のいうところの<見えない暗殺者>とやらの手にかかることになる」
「それはつまりエースということかしら?」
「おそらくな、ともあれ俺がこの国で知っているエースは一人だ、北海道という島の北部で存在が認められた禅の老師で、俺は彼に会おうとこの国に来ているんだ。
ここに手がかりがあると考えていたんだが、これは関係のない話だな・・・
この国には信仰と呼ぶに等しい滅私の精神が息づいていて、誰も目立とうとはしない、だからエースがいたとしても、誰もその存在に気づいていなくてもおかしくないわけだ・・・」
「何かできることはないの?」
それは思いがけぬ話であり、あまり考えたくない事態であった。
「とくにない」そう答えていた。
「今のところはだが・・」
「今どこに?」
「ロッポンギ界隈の公衆電話で、ハイラムが厄介ごとにまきこまれたという辺りだ・・・」
「それじゃ・・会って話をすることもできず、ジェイワーデンと待つしかないということなの?」
「そういうことになる」
「あのワイルドカード記念日からずっと探していたのよ、あなたのお母さんは僧院に行った、といっていたけれど・・」
「たしかに僧院にいたが、ここであの僧侶の話を耳にした、噂はホッカイドーだったが・・」
「エースなの」
「そうだ、名はドウゲンといい、天門学者に似た精神障壁をつくりだすことができる。
もちろんあれほど極端な力はないが、記憶を消したり、集中を乱して、能力を使えなくすることの世界的権威だそうだ」
ワイルドカードの能力もたちどころに封じることができるというのね」
「そうたちどころにだ」
「それで会えたの?」
「会ってもいいが、それは力を捨てる場合のみだそうだ」
「力は失ったといってなかった?」
「大体はね、しかし取り戻すチャンスはうかがっている、もし僧院に行ったならば、永遠にその機会すら失われてしまうことだろう、障壁を築くために古い障壁を打ち壊して、新しいものを張り巡らせねばなるまい、とはいえ完全には取り除けまいが・・」
「そうしたいの?」
「したいとも、だが一方で責任をも感じずにはいられない・・この力は自分のためのみのものともいえないのだから・・そうだろう」
「そうも言えるわね、でも私は力を放棄するつもりはないわよ、あなたやジェイワーデンはそうかもしれないけれど」
「彼も悩んでいるのかい?」
「そのようね」
「この件が終わったなら・・
彼も一緒にドーゲンに会いに行くといい」
辺りの交通も混雑し始め、定期バスや運送屋のヴァンは姿を消し、高いセダンやタクシーを見かけるようになっていた。
「そろそろ行かなくては」
「約束して欲しいの・・慎重に行動して」
ペレグリンの言葉には抗いようがなかった。
「そうだな・・約束しよう」そう答えていたのだ・・・