その3

     メリンダ・M・スノッドグラス
          午前10時


ジェイがいきなり入ってきて、タキオンはルームサービスで
とった齧りかけのトーストをトレイに一端放り出すことに
なった。
そのときのジェイの格好ときたら、タキオンのスーツの一着を
着ているが、彼の手足のサイズには幾分短くてちんちくりんと
いった風情ながら、その表情は憑き物が落ちたように落ち着いて
いるようだ。
落ち着かないといえばブレーズだ。
肘掛けからはみ出すよう大きく伸びをして、
妙ににやにやした顔をしてタキオンを見上げていると
きたものだ。
タキオンはその孫に断固とした視線を向け、
「ブレーズ、あなたでしたらベルトコンベアに乗っても
そんな風にはしゃぐのでしょうね」と。
少年は目に見えて嫌な顔をして、
「しないよ、間抜けだもの」
とそう口答えし始めたところに、
「だといいのですけれどね、もしこれ以上聞き分けのない
ようでしたら、アクロイドに言って、アトランタの空港に
でも飛ばしてもらいますからね」と釘を刺すと、
「ところでジェイはなんであんな間抜けな格好をしているの?」
ブレーズがそう零してからぼそりと言葉を継いでいた。
「あれじゃまるでイロ気*いだ」と。
「あれは私の服ですよ」
タキオンが幾分気を悪くしてそう言い添えると、
「僕も間抜けな恰好をさせられているからね、まだましに
なった方じゃないかな」
「この子と同じ扱いを受けているんだな」
ジェイがそう漏らすと、
ブレーズが驚きはしながらも、嫌な顔をしているところに、
ジェイが指で早撃ちをするような仕草をして笑ってみせると、
ブレーズは一瞬びくっとした様子だったが、
「なんてね」とジェイが言って笑みを浮かべてみせると、
ブレーズも同じように笑顔を浮かべてみせたというものだ。
タキオンはその様子に混乱しつつ、えらく仲が良くなったものだ、と
ため息を漏らし、
あの子には世話する人間ではなく、畏怖を抱かせる存在が必要なんだ、
とジョージが言っていたのを思い出して暗澹たる思いを抱きつつ、
「ろくでもない大人に囲まれているというのはいかがなものか」
タキオンがそう漏らしていると、
「あの子は心配ないよ」ジェイがそう応えて、ルームサービスの載った
カートを自分の椅子のところまで引き寄せて、プレートに被さった銀の
蓋を持ち上げて、そこに載ったエッグ・ベンメディクトをがつがつと
貪りはじめたのに辟易してタキオンがナプキンで口を拭っていて、
ジェイがトーストの残りでプレートについた卵の黄身をぬぐい始めたところで
ドアをノックする音が響き渡り、
タキオンが立ち上がって「誰ですか?」と声をかけると、
「カーニフェックスだ、開けてくれないか?いつまでこうしていればいいんだ?」
と返された声に、
タキオンがジェイに目配せして「入れてかまいませんよ」と声をかけると、
探偵が「レイがどんなに横柄でも、あんたに俺、それにシスコ・キッド(TV番組の
ちびっこカウボーイ)までいるのだから手を出すことはできんさ」
ジェイがそう応えたところで、
異星の男が再びブレーズに開けるよう促して頷いてみせるとドアが開かれて、
そこでカーニフェックスが辺りを睨み付けるようにしてスイートに入ってきた。
身体にぴっちり張り付いた白いユニフォームが、身体の筋や筋肉が際立てている。
「政治ゴロとは距離を置くものだぜ」
そしてレイは軽蔑を露わにした言葉を重ねていった。
「それがあんたのためというものだ、でないとあんたの尻を蹴っ飛ばさなきゃ
ならなくなるからな、ブローンの野郎についても言えることだがな」と。
タキオンが表情を険しくして、
「要件は何ですか、レイ」政府お抱えのエースにそう言葉を返して、
「あなたの政治倫理的に問題のある考えになど聊かも興味はないのですよ」と
言い添えると、
「グレッグがあんたに会いたいと言っているんだ」とようやく本題に入った
ところに、
「何を言おうとほだされるつもりはありませんからね」と返すと、「あんたは会うさ」とレイが獰猛な笑顔を重ねるようにして言葉を継いできた。
「グレッグは話し合いが必要になる提案があると言っていたぜ」と。
上院議員ともはや話すことなどありはしませんよ」と返すと、
「怖いのか?」レイはそこで言葉を切って様子をみるようにしてから言葉を継いで、
「だったら手をつないで連れて行ったっていいんだぜ」そう言って肩を竦めて見せてから、
「もちろんあんたが来ようが来るまいが俺には何の関わりもないがね、後悔することになるぜ」
白いスーツを身に纏ったエースはそう言って室内を見回して見せた。
窓はタートルによって割られていて、テレビはハイラムに落とされていて、ソファーには
染みが飛び散っているではないか。
「一体どんな連中が集まればこうなるんだ?」
レイはそうタキオンに言い放って、
「誰かに自分で掃除する方法を教えてもらった方がいいんじゃないか、ドク、
これじゃ廃墟の方がましというものだぜ」
そう言い添えてドアに向かおうとしたところで、
「おい、カーニィ」とアクロイドに呼び止められた。
タキオンがその態度に顔をしかめていると、
レイが振り返った、その緑の瞳に危険な光を宿して、
「カーニフェックスだ、くそ野郎」と応えたが、
「くそ野郎のカーニフェックスだな」
とジェイが繰り返してからかい始めたではないか。
タキオンがあきれて目を閉じていると、
「そういや前から気になっていたんだがね」
ジェイがそう言ってから、
「その愉快なスーツを何着持ってるんだ?」
と言葉を重ねると、
「6着か8着くらいかな」カーニフェックスが胡乱な顔をしてそう応え、
「それがどうしたというんだ?」と返すと、
「さぞかし血の染みを落とすのが面倒だろうからな」
ジェイがそう言ったのを聞いたタキオンは、
まるで蟻塚を踏んづけて壊して巣の中をみようとしている子供のようだ。
と呆れていると、
レイが険悪な視線を探偵に向けて、
「そのくらいにしとくんだな、Shamsuシェイマス(探偵を現す俗語:チクリ野郎くらいの意味)」
レイはそう言い放ち、
「さもなくば痛い目を見ることになるからな」
そう言い添えてピシャリとドアを閉めて出て行った。
「シェイマスだとさ」ジェイはそう呟いて、
「あの野郎、言うにことかいて俺をシェイマスと呼びやがった」
そういってタキオンに視線を向けてきた。
「行くつもりか?」そう言ってきたジェイに、
タキオンが視線を上げて、まっすぐに見つめながら、
「それしかないようですね」と畳みかけると、
「そういう展開になるのじゃないかと思っていたんだ」
と言ってジェイはため息を漏らして見せたのだった。