ヌール・アル・アッラーの輝く指で示され詰問されるグレッグをよそに、
なぜか視線はカーヒナに吸い寄せられていた。
カーヒナの身震いし、弟に視線を向けながらも何も映していないその瞳は、
それでいて強い何かを感じさせ、ヌール・アル・アッラーの言葉の放つ
魔力のもとでありながら、なぜか気にかかってならなかったのだ。
何かアラビア語で叫び、向き直った弟と口論していたようだったが、
弟が姉の放つその剣幕に耐え切れず手をだしたようだった。
その一撃が引き金となったかどうかはわからない。
カーヒナが猫科の肉食獣が唸りでもあげながら爪をたてるかのように
低く叫びながらヌール・アル・アッラーの胸に飛び込んだ。
月のごとく輝く面に翳りがさすように血が吹き上がった。
サッシュの下の宝石の散りばめられたさやから、長く反りのあるナイフを抜き出し、
その鋭い刃で首を真一文字に切り裂いたのだ。
首をおさえた指の間から、血が溢れ出て、ゴボッというくぐもったうめきをあげ、
ヌール・アル・アッラーが後ろに倒れこんでいくとともに、緊張は頂点に達して、
恐怖と化し人々に覆いかぶさっていった。
叫びがあふれるなか、カーヒナはその白い指にナイフをぶらさげるようにつかんだ
まま、ヌール・アル・アッラーの傍らに立ち尽くしていた、サィードはその現実が
のみこめないようであったが、ようやく我に返ってその巨大な腕を振ってカーヒナを
床に打ち倒しはしたが、その歩みはぎこちなくよろよろとした無様なものであった、
おそらく脚が不自由なのだ。
そこで守衛の二人がようやく、床でもがいているカーヒナを取り押さえ、他のものは
血にまみれ倒れたヌール・アル・アッラーの傍らで出血を止めようと手を尽くして
いるようだった。
サィードは這いつつ、カーヒナの落としたダガーを拾い上げ、暗い眼差しで見つめた後、
嘆きの声をあげ、カーヒナの背後に立ち、呻きつつもその刃を振り上げた。
そこで突然背後から重い荷物を載せられたかのように倒れ、痛みで泣き叫びつつ、
刃を取りこぼし、倒れ伏した。
そこで乾いたパキッという音を誰もが聞いたことだろう・・・
骨がその巨体を支えきれず砕けたのだ。
ハイラムが右手を白くなるまで握り締め、ひどい汗をかいているのが目についた。
サィードはすすり泣きつつ、その巨体をタイル上に沈め、守衛は混乱の中、カーヒナをとり逃し、駆け去るカーヒナに、守衛の一人がウージィを構えたが、
モーデカイ・ジョーンズによって壁まで投げ飛ばされ、ジャック・ブローンの身体が黄金に輝き、銃を拾い上げた別の守衛に体当たりして吹き飛ばした。
ペレグリンは、翼が開けず飛び立てないようだったが、鉤爪のついた籠手を取り出して身につけ守衛から身を守っている。
ビリー・レイは嬉しげな嬌声をあげつつ、守衛に蹴りをいれたり放り投げたりしている・・・
カーヒナはその混乱を掻い潜ったとみえて、アーチ(門)で姿を一瞬見たが、すぐに見失ってしまった。
その混乱の中、ようやくグレッグを見つけることができたのだ。
よかった、無事だ。
安堵の気持ちが広がり、駆け寄った。
だがその安堵はすぐに凍りついた。
グレッグの顔には恐怖は浮かんでいなかった、
それどころか一切の感情が消えうせているように感じられてしまったのだ、
その面には何も貼り付けられていない、無だ。
その表情に唐突に笑顔が浮かべられた、一見穏やかに見えるが
まるで貼り付けられたかのよう・・・
そこで突然カーヒナの言葉が蘇り、何度も脳裏で繰り返され、
思わず呟いていた。
あなたの愛する者のわたしへの振る舞いは、それすなわちあなたへの振舞いと重なることでしょう、
「莫迦な・・そんなことはありえない」
そういって心の奥底にしまいこむことにしたのだ・・
そうなるべく奥深くへと・・
そう己に言い聞かせはしたが、不安は鎮まりはしなかった、それどころかその言葉は己の内で鳴り響き続けたのだ、
・・何度も何度も・・・