ワイルドカード4巻「綾なす憎悪」最終章

ヌール・アル・アッラーに詰問の指を向けられながらも、
まだ希望の残されていることはわかっていた。
カーヒナだ、ヌール・アル・アッラー自体は操れなくとも、
カーヒナの内の深淵ならば、思うままにあふれさせることが
できるのだから。」
あとはためらうことなく実行するのみ。
無情かつ暴虐に、憎悪以外を剥ぎ取ってみせる。
そうしてそいつを膨らませつつ溢れさせたのだ。
その効果は絶大なものだった、
しかし誤算もあった。
カーヒナはここで生命を失い、口封じもなされるはずだった。
ところがハイラムが騎士道的ともいえる正義感を発揮して力を使い、
イスラム的復讐を果たそうとするサィードを止めてしまったのだ。
己のうかつさを悔やまざるをえない、ハイラムは古くからのパペットだ、
そういった行動をとることも予想してしかるべきであったのだ。
気づいていればコントロールして止めさせたものを。
ヌール・アル・アッラーの魔力は消えうせている、そこで
もはや手遅れながらハイラムの精神に触れてみると、
ちろちろとくすぶる奇妙な感情を感じ取ることができたが、
今はそれを味わっている場合ではないだろう。

人々は叫び、ウージィが唸りをあげている、
その混沌のなか、セイラを感じ取ることができた、
わたしを見つめてはいるが、その感情は大きく揺れ動き、
その愛情は穴の開いた薄い紙片のようで、虫食いのごとく黄ばんだ 
疑念の広がっていくのが感じられる。
「セイラ」ようやく声を絞り出したが、その瞳はヌール・アル・
アッラーに群がる記者たちを見据えていて、もはやわたしからは
外されている。
まだ喧騒は止みやしない、ビリーなどは喜色も顕わに守衛に跳び
かかっているではないか。

われにセイラを委ねよ、失いたくは無いだろう
パペットマンのその声はなぜか悲しみを帯びて感じられた。
なんと言い繕おうが、もはや修復は叶わない、零れ落ちるのみ、
われに委ねよ、さすればとどめおけよう

駄目だ、気づいちゃいないさ、そんなことはありえない
打ち消しつつも、その言葉の正しいことはわかっていた。

悲しみを堪えつつ、精神に侵入し、愛情を織り成す蒼ざめた神経線維を抱擁し、
注意深く伺いつつ、パペットマンは偽りの愛というリボンで不信を覆ってくれた。

そこで素早くかつ乱暴に抱き寄せ抱擁を交わし「行こう」と声をかけ、
「ここを離れなければ……」と促した。

外では意識を失った守衛のうえに仁王立ちとなったビリー・レイが、
部下たちに耳障りな声でげきを飛ばしていた。
「ここは危険だ、お前はドクターと、ハートマン上院議員を避難させるんだ!
さぁ早く」
まだ抵抗しているものもいたが、大概はショックのあまりヌール・アル・
アッラーの傍に跪いている。
まだ息はあるのだ、その意識から動揺と痛みの感情を感じ取ることができた。
息の根を止めたほうが都合が良いのだが、今はそうできそうもなさそうだ。
そこで突然銃火の音が鳴り響き、ブローンが輝きを増し、隠れていた砲撃手
の前に立ちはだかって、ブローンが盾となって弾き返した銃弾が跳ね鉄の溶ける
匂いとともに異様な響きを立てていた。
そうしてブローンはたしかに一人の銃を掴んでばらばらにしはしたのだが・・

そのとき突然肩に衝撃を感じよろめいた。
「グレッグ」と叫ぶ声がする。
それはセイラの声だった。
膝をつき、うめきながら肩に手をやると、それは血にまみれていた。
床が覚束なくなり、パペットマンが身をすくめるのが感じられた。
ジョアン、議員が負傷した、早くお連れするんだ」
ビリー・レイがセイラとの間に割って入って、注意深く血にまみれたジャケット
を脱がせて傷を確かめている、その感情から安堵が広がっていくのが感じとれた。
「心配ありません、長い休養は必要となるでしょうがね、ともあれ手をお貸ししますよ」
「立てるさ」歯を食いしばりつつ、脚をふんばると、セイラが撃たれていない方の
腕に肩を貸し、立つのに力を貸してくれた。
そこで思いっきり息をついだ。
あまりにも暴力が満ち溢れ、パペットマンすらそれを貪るのにうんざりしているではないか、痛みを脇においやり、考えようと勤めた、考えることなどいくらでもあるだろうから。
「ビリー、皆を安全に連れ出すんだ」
できることなどたかがしれている、それでもヌール・アル・アッラーの民は、彼の介抱のみに心を砕いているようなのは幸いといえよう。
ペレグリンはすでに外に出ており、ジョーンズとブローンはリオンズや高官に付き添っており、ハイラムはタキオンのウェイトを操作して外に運びだすと、ようやくタキオン
うすぼんやりとながら意識を取り戻し、首を振っているようだった。
そしてもはや我々がたち去ることを阻止しようとするものもない。
ヘリのシートに着きながら、セイラはわたしが寄りかかるのを許し、そっと抱きしめてくれている。
「無事でよかったわ」ヘリのローターが空を斬る騒音をバックに、セイラが囁いた。
カクリ、カシャリと音がする、その手はまるで木偶のよう、そんな考えがよぎりはしたが、それ以上は考えないことにした、そうして己に言い聞かせた。
なにほどのこともない……

そうなにほどのこともないのだと。