ワイルドカード5巻モータリティその1

             不滅ならざるもの
              ウォルター・ジョン・ウィリアムス                    

                   駆け抜ける
            意識が稲妻のごとく精神に満ちてくる。
例えるならば最新式のレーザープリンターで出力される文章の群れといったイメージが
近いといえようが、そんなものではない、さらに複雑なもの、巨大で入り組んだ一つの
宇宙というタペストリーを織り上げる匠の技が、わずか数秒で、彼の精神の内でなされ
たのだ。
セントエルモの灯火が、その開かれた瞳に、北極のオーロラのごとく照り映え、叫びが
耳をうち、身体中を高波のごとく超低周波が駆け巡っていく。
騒音は消えうせ、内部回路が光速でチェックされ、レーダーイメージを描き出し、
精神にヴィジュアルを焼きなおしてゆく。
「全モニターシステム、正常に作動」思わず確認が口をついて出る。
セントエルモの蛍火が消えて、たるんだ天井の梁に、中から黒く彩られたガラス天井が半ば
開かれて空の光が差し込むのが見て取れ、乱雑に留められた図面に、複数の電気ケーブルが
垂れ下がっており、電気ファンが忙しく空をかき回す中、室内で何かが動いているのを、まずは
レーダーで、それから視覚で認識した。
それは背の高い尊大な眼光と鷲鼻を供えた白髪の男、マクシム・トラヴニセクは、その唇に
冷淡な笑みをたたえ、中部ヨーロッパなまりのアクセントで言葉を発し始めた。
「おかえり、トースター君、ここは生者の世界だよ」
「私は吹き飛んだはずです」そう答え、モジュラーマンはつなぎをひっぱりつつ身につけながら、
冷静に可能性を推し量り始める。
「吹き飛んだとも」トラヴニセクの答えはにべも無いものだった。
「無敵のアンドロイド、モジュラーマンはエーシィズハイでの、天文学者(アストロノマー)にエジプト系
メイソンとの大勝負で塵芥と成り果てたが、幸運なことに、記憶のバックアップが為されておったのだ」
アンドロイドのMacroatomic Switchesマクロ原子スイッチ(脳裏)に記憶が湧き出してくる。
ここはジョーカータウンのロフトで、ここより広い下イーストサイドの住居から立ち退かされてここに
移り住んだのだろう。
室内は暑苦しく、ファンにつながった延長コードがわずかに生活観を主張しているのみで、装備の
数々、巨大な流動ジェネレーターにコンピューターが、自家製のプラットホームとプライ材の棚が
共にひしめきあい詰め込まれた感すらある。
2つのモニターのブラウン管に溢れかえる超音波に照らされながら尋ねた。
「アストロノマー(天文学者)はどうなりましたか?」
「ご無沙汰じゃな、戻ってきたという話は聞いとりゃせんがね」
はねつけるようなしぐさとともに言葉をついだ。
「何しろバックアップは闘いが始まる前までのものだったから・・・」
「吹き飛ぶ前と・・・?」思わずそんな疑問が口をついで出た。
「どんな風に吹き飛んだのですか?」
「ほう、半自立式の電子レンジが破裂の仕方を気にするとは驚きだな」
そう返して、プラスチックの三脚に腰を降ろし、煙草を取り出した。
以前より痩せこけ、目は赤く充血してうつろにおちくぼんでおり、年老いたように見え、くせのない髪は、短く刈り上げられているが不ぞろいで、どうやら自分で散髪したのだろう。
ぶかぶかのアーミーグリーンのズボンと、前に食べもののしみとフリルの着いたクリーム色のフォーマルなシャツを見につけているが、タイは見当たらない。
今までタイをつけていない博士を見たことがなかっただけに、何かが起きたのではないかと思わせ、ふいに恐怖に似た感情がわきあがり、尋ねずにはいられなかった。
「わたしはいったいどのくらいの間・・・」
「死んでたか、といいたいのかね?」
「そうです」
「たしかあれは昨年のワイルドカード記念日だったな、今日が6月15だから」
「9ヶ月も・・」その声はこころなしか恐れおののいているかのようだった。
トラヴセニクはいらだった様子で煙草を放り投げ、プライ材の床に吸い差しが
転がるに任せて口を開いた。
「あらゆる性能を組み合わせて建造するのにどれほどかかったことか・・
過去に書き連ねたメモを判読するのに数週間をも費やさねばならなんだ」
そして大げさに手を広げつつ室内を指し示し言葉をついだ。
「この惨状を見ろ、夜に日を継いで作業し続けたのだからな」
チャイニーズプラザのピザ容れ、ケンタッキーフライドチキン、ファーストフードの容器がいたるところに散乱し、中で蠅が羽音を立てているがそれだけではない、容器の中、破れた煙草のカートンの箱、マッチ箱の中に至るまで、博士が熱狂の赴くままに書き散らした様々なメモがつめられ、床の半分以上を埋めて散乱し、足の踏み場もおぼつかず、ファンの回転によってかき回された淀んだ風が、それらを舞わせかきみだしている。
いつのまにか新たな煙草を手にして、見返りながら博士が結論を口にした。
「だから片付けが必要とされておるのだ」そしてつけ加えた。
「ところで箒はあるかな」
「はい、あるはずです」頭を切り替えて答えた。
「この紙置き場の賃貸料を支払って40ドルちょいが残っておる、ちょっとしたお祝いくらいはできるだろう」ポケットから小銭を取り出して示し
「電話をかけたまえ」薄ら笑いとともに補足してのけた。
「ほらガールフレンドの一人や二人はおるじゃろうて」
内部チェックを進め、つなぎに半ば覆われた身体を見下ろしながらも、何かが腑に落ちない、奇妙な違和感がつきまとっていたが、目的に意識を集中することにした。
まずは箒を探すのだ・・・