ワイルドカード5巻不滅ならざるものその3

              不滅ならざるもの

              ウォルター・ジョン・ウィリアムス            
公衆電話に貼り紙をしているのが見える。
赤、白、青で彩られたポスターで、「大統領にはバーネット氏を」という文字が
描かれているが、バーネットという情報は入手できてはいない、そんな思考を
よぎらせながらも、電話ボックスに入り、プラスチックの指先でダイヤルをつつ
くと、心地よいコール音が耳をうつ、こういった通信手段もまた、アンドロイド
には魅惑的に思えてきていたのだった。
「もしもし」
「アリスかい?モジュラーマンだけど」
わずかの沈黙の後にようやく返事がかえってきた。
「面白くない」
「本当にモジュラーマンだ、戻ってきたんだよ」
「吹き飛んだじゃない」
「造りなおしてくれたんだ、メモリー(記憶)もオリジナルのものと大差ない」
そう答えながら通りに視線をさまよわせてみる、暖かい6月の午後にも係わらず、
ほとんど人通りはないようだ。
「そのメモリーのかなりの部分をしめているのは、君のことなんだよ、アリス」
「あら、そうなの」
そこからの沈黙はいささか長いものであり、道行く人々は多くはないものの、
たまたま目にした一人が鼻と口を覆うガーゼのマスクを着用していることに気づいた、
車もまたまばらであるようだ。
「そうなんだ」と念を押してみた。
「わたしにとってもあなたは特別な存在だわ」
「嬉しいよ、アリス」
そう答えながらも、失望に似た感覚が己に広がっているのをアンドロイドは感じていたのであった。
「わたしが過去に出会った男といったら、ああしろ、こうしたい、と自分の考えをおしつけるばかりで、私がどうしたいかなんて考えもしないやつらばかりだったけれど、あなたは違った。
私からは何も望まず、わたしにとって居心地が良い存在でありながら、自分は何一つ望みはしなかった、でもそれはあなたがマシン(機械)だからだったのね、エーシィズ・ハイでの最高のひと時も提供してくれたし、空さえ飛ばせてくれた。
それは月で踊るようなロマンティックな心地に私をしてくれたわね・・・」
そしてわずかな沈黙ののちに言葉を継いだ。
「あなたはたしかに大切な人だったわ、モド・マン、でもわかってほしいの、わたし結婚したのよ」
明白に喪失とわかる感覚が、降り積もる雪のようにマクロ原子スイッチを覆いつくしていくのを感じながらも何とか言葉を搾り出した。
「おめでとうをいわせてもらうよ、アリス」
そこでいかめしく武装した州兵のジープが通りかかるのが目に入り、群れ子の攻撃の際に、良好な関係が築けていたことを思い出し、手を振って合図すると、何の返事もないまま、緩めたスピードを再び速めて通り過ぎていった。
「死んだ、と思っていたのよ」
「わかっている」アリスからおさまりのつかない感情を感じつつも思わず言葉を口にだしてしまっていた。
「また電話していいかい」
「仕事場にだったらいいわ」
言い切るような早口の答えだった。
「もし家に電話がかかってきたら、ラルフが気にすることになる、昔のことも話してあるから、そこから火種になりかねないの、マシンとのロマンスというのは彼にとっては怪談じみて感じるのでしょうね、人間というのはそういう厄介な感情を抱えているものよ」
「理解しているつもりだ」
「別のライフスタイルに寛容とはいっても、これはその範疇を超えたことなのよ」
「じゃアリス、またの機会に・・」
「これでさよならよ」
わたしが何も望みはしていないだと
電話を切った途端、哀しみと思しき感情に苛まれつつも、すぐにコインを投入し、
カリフォルニアのナンバーを叩いていた。
二度の呼び出し音のあと、録音されたメッセージが聞こえてから切れた。
シンディはどこかに引っ越したのだろう。
別の機会に、彼女のエージェントに電話して所在を確認しようと考えつつ、次は
ニューヘブンの番号をプッシュしていた。
「やぁ。ケイト」
「あら」煙草を吸い込むような音が聞こえたように思えたが、
返ってきた言葉は思いがけず明るいものだった。
「あたしは信じてたのよ、こんな日がくるって」
急激に安堵が広がっていく。
「誰の手だってかまわない、いつか戻ってくるって、そう願い続けていたわ」
くすくす笑う声が響く。
「正義の人は倒されたままじゃいられないでしょ」
その言葉を遮ってアンドロイドは本題を口にした。
「会えないかい?」
「マンハッタンには行けないわ、橋が封鎖されてるもの」
「封鎖だって」
戒厳令がしかれて、町はパニックに陥っているわよ、あなた気づかなかったの?」
再び通りをなめるように見渡して答えた。
「そうだったのか」
「下マンハッタン一帯はまたワイルドカードウィルスに汚染されて、何百人もの人々が
ブラッククイーン(死)の札を引いたり、ミュータントになったりしたそうよ、
何でもクロイド・クレンスンという名の感染者がばらまいたそうだけど」
「スリーパーだね、聞いたことがある」
ケイトは煙草の煙を吸い込んでから言葉をついだ。
「だから出られないように橋を封鎖して、戒厳令をしいたんだわ」
これで州兵が街にあふれていたのも説明がつく。
「なんだかあらゆることがぼんやりしているのに・・
誰も説明はしてくれなかったんだ」
「まぁ死んでたんじゃしょうがないでしょうけど・・ニュースも見なかったのね」
そこで思い切って切り出してみた。
「私は飛べる、バリケードがあっても関係ない、君に会いに行けるだろう」
「来れるでしょうけれど」吐き出すような答えが返ってきた。
「モド・マン、あなた感染してるんじゃないかしら」
必死で笑おうとするような声が続いて聞こえてきた。
「わたしの輝かしい人生に、ジョーカーになるなんて予定はないのよ」
「わたしは感染しないよ、マシン(機械)なんだから」
「そうね」驚いたような風の沈黙の後
「時々忘れてしまうの」
「行っていいかい」
「う〜ん」煙草を吸う音のあとにようやく答えが返ってきた。
「今は駄目。総合試験(コンプス)のあとじゃないと。」
「総合試験(コンプス)って?」
「ローマの詩人と必死で取っ組み合って、意味をつかまないと、単位が取れないの、 だから3日ぐらいは無理、そんなゆとりはないの」
「じゃあとで連絡するよ」
「そのときを楽しみにしているわ」
「BYE(じゃあね)」


そういったやりとりの後電話を切ってから、いくつか他の番号もよぎりはしたが、始めの三件で味わった失意は思いのほか深く、再びかけようという気にはなれず、無人となった通りを見渡してから、エーシィズ・ハイになら行けるだろう、という考えが浮かんできた。
あそこなら誰かに会えるだろうから・・
エーシィズ・ハイ、そこは彼が一度死んだ場所なのだ、何か寒気のようなものが
彼の精神をよぎったが、それを振り払い、レーダー盤を回転させ、静かに飛び立つことにした、そこには知るべき何かがあるに違いないのだ・・・