ワイルドカード5巻第14章王様のおうまも・・6 その1

               おうさまのおうまも・・・Ⅵ

                 G.R.R.マーティン 

巨大なトタン板の扉が、トムの頭上でがらがらと音を立ててガレージの桟に引き込まれていく、仰々しく古臭いが、それでも役には立つのだ。
埃が日の光に照らされて、塹壕の中に入り、空を舞っている。
フラッシュライトを切り、泥で硬く固められた壁を補強している木の梁に据えられたフックを掴もうとしたが、手の平が汗ばんでいるのを感じたため、汗をジーンズで拭ってから掴んで中に入ると、鋼の巨体の前に立った。
最古のシェル、装甲板付ビートルがハッチを大きくあけたまま横たわっている。
ここ1週間は、真空管を取り替え、カメラ機材にオイルをさし、配線をチェックするのに費やしたが、準備は整ったといえよう。

「僕と廃品ネズミはだな・・・」
そんな言葉が思わず口をついてで、塹壕の中に木霊した。
ジョーイに手を回してもらえば、でかいセミトラックくらいなら借りられる、
塹壕の後ろにまわしてもらって、積み込み、ジョーカータウンまで運ぶのが一番楽な方法だろうが、
それじゃ駄目なんだ、ダットンに飛ばして運ぶと約束してしまったのだから。
もちろんダットンとしたところでUPSで届くなんて思っちゃいないだろうけど・・・
開いたハッチをみつめ、暗闇の中に潜り込み、鋼鉄の棺桶の蓋を再び閉じることを想像すると、喉の奥に苦い胃液が登ってくるような気がして、その感触を振り払わなければならなかった。
できるはずなどないのに、いいや、選択の余地などないじゃないか。
もはやジャンクヤードは自分のものじゃなくなる、3週間以内には、整理の業者が入って、40年にわたって蓄積されたジャンクを片付けてしまうのだ。
もし整地のブルドーザーが入るときに、ここにまだシェルがあったら、見つかって万事休すとなるだろう。
歩をすすめながら自分に強く言い聞かせる。
たいしたことじゃない、シェルは問題ないのだから、あとは港湾を越えさせて運ぶだけじゃないか、何千回もやってきたことじゃないか。
あと一度やるだけでいい、それで終わる、それで自由になることができるのだ。
おうさまのおうまもけらいも右往左往・・・そんな言葉が再び頭をよぎって思わず膝をつき、ハッチの縁を寄り掛かるように掴むと、鋼鉄のひんやりとした感触が指に伝わってくる。
その感触を振り払うように、首をすくめ、中に身を投じると、ガチャリという音とともにハッチの蓋が閉じてしまい、薄ら寒い暗黒のさなかに投げ出されたかたちとなり、喉がひりつき、胴体の奥の心音が、震えるかのように己に響いてきた。
そうして暗闇を手探りしていると、破けたビニールの感触に突き当たり、身をよじって、そっちに移動をこころみる、そこがシートに違いないのだ。
こうしていると、大地深くの洞穴に、死して埋葬されたような気分になってならない。
暗すぎるのだ、ハッチのすきまからわずかな光は差し込んでくるが、見通せるほどではない、電源スィッチはどっちだっただろうか?
最新型のシェルならば、肘掛に操作パネルが仕込んであって、指先で操作が可能だったのだが、もちろんこの古バケツ(旧式シェル)にはそんなものなどありはしない、暗闇で頭上をまさぐっていると、指先に痛みが走り、思わず、うわっ、と声をあげてしまった、何か鉄片で切ってしまったらしい。
獣じみた怯えが身を包み一瞬パニックに陥ってしまった。
なんて深い暗闇なのだろう、光などあるのだろうか?
そのとき、突然世界が転落し始めた。
揺れが広がり、眩暈を感じて、肘掛を強くつかんで、己に言い聞かせる、こんなことなどおきるはずがない、そう感じているだけなのだと。
終始闇がまとわりついて、胃がむかむかしてならない。
身をよじると、シェルの壁に勢いよく頭をぶつけてしまうが、さらに己に言い聞かせた。
「転落しているわけじゃない・・・」
叫びが耳に響き渡り、装甲付の棺に閉じ込められたまま、無力に落下しているように思え、手を狂おしく振り回して、壁面を手探りし、ガラスとビニールの手触りのあとに、スィッチの感触にたどりつき、ようやく安堵の息をつくことができた。
四囲のTVスクリーンが鈍い光を放ちはじめ、そこでようやく世界は安定したかに思え、息をゆっくりと整え、もう一度言い聞かせる。
転落してなどいない、しっかり見すえるんだ、ここは塹壕の中で、しっかりシェルのシートにおさまっているじゃないか。
穴の中であっても安全なんだ、そうとも、転落でなどあるはずもないのだ。
曖昧なモノクロのイメージがスクリーンに映り始め、スクリーンの大きさとそのブランドイメージが絶妙なミスマッチを醸しだしつつも、死角はあるが、ともかく一つの映像がゆっくりとスクリーン上にかたちを結んだ、垂直に線が走っているが、かまうものか、しっかりと見え、なにより転落してはいないのだから。
ともあれトラッキングのつまみをみつけ、外部カメラも動かしてみる。
これで四囲が問題なく見通せることは確認できた。
数フィート傍らには、2台のシェルがそのからっぽな巨体をさらして横たわっているのが見える。
空調を作動させると、ブーンとうなりをたてて、新鮮な空気が流れ込み頬をなで、乾いた目にも、血液が流れ込んだような気すらし、ようやくパニックから解放されたように感じ、指先の血をぬぐって、シートに深く腰を沈め、「これでいい」と自分に言い聞かせる、やっとここまで漕ぎ着けたのだ。
あとは簡単じゃないか、高く、さらに高く、塹壕を出て、ニューヨーク湾を越えて最後のフライトとなる、簡単なわけないだろう、ふと我にかえりつつ持ち上げようとこころみると、シェルは左右に揺れて、多少浮き上がり、ドスンと音立ててもとの位置におさまってしまった。
おうさまのおうまもけらいも・・そんな言葉がまたぶつくさ口をついて出る。
そこで全神経を振り絞って集中し、再び浮かびあがらせようとしたが、今度はなにも起きなかったのだ。
シートに腰掛けたまま、モノクロのスクリーンに浮かぶ映像をしかめっつらで眺めながらも、やがては真実を認めざるをえなかった。
ジョーイ・ディアンジェリスにも、ザヴィア・デズモンドにも、そして自分自身にも隠し通してきた真実だ。
壊れたのはシェルだけではなかったのだ。
二十数年にわたって、アーマー(シェル内部)に乗り込めば、不死身になれると信じてきた、トム・タッドベリという卑小な人間は、疑いと恐れを抱き、不安に駆られることがあろうとも、タートルはそうじゃない、シェルの内部にいる限り無敵に思え、長年育まれたTKは安定し、年々強くなりすらしていたのだ、あのワイルドカード記念日までは・・・
実際何が起こったかはよくわかっていないが、その日救難信号を受けて、ハドソン河上空を飛行していたところ、なんらかのエースが、シェルがあるにもかかわらず、それが存在しないかのように内部に力を及ぼしてきて、突然病み疲れ、力がぬけ、意識が遠のきかけたのを必死に耐えたが、飛行中に集中が乱れたため、
シェルの巨体がよろめいたのを感じ、ぼやけた視界の中で、上空からのハングライダーをつけた少年が一瞥できたが、すさまじい音が鼓膜をつんざいて、そうしてシェルは台無しになった、カメラも内蔵コンピューターもテープデッキも空調システムも一瞬で全て焼け焦げるか機能を停止した、あとで新聞を読んで知ったのだが、そのとき浴びせられたのは、電磁パルスとのことだった。
そのときは視界が閉ざされ、無力感に苛まれ、ショックのあまり、こころここにあらずという状態ながら、機能を回復させようと、狂わんばかりに、タッチパネルを乱打し続けていた、だからナパームをかまされたのにも気付きはしなかった。
それでもそのナパームの一撃が引き金となり、集中が弱まり、コントロールを失い、シェルはきりもみをはじめ、川底に一直線に落ちていってしまった、そこで意識を失ったのだ。
その忌まわしい記憶を振り払おうと、指で髪をすかし、切れ切れの息を整える。
滴った玉の汗で、シャツが腹に張り付いているのを感じつつも、己を諭そうと試みる。
目を覚ませ、自分を追いつめたところで、無駄なことだ、タートルは息絶えた、
トム・タッドベリでは、石鹸でお手玉し、ロボットの頭を持ち上げるのが関の山で、数トンものアーマープレートなど持ち上げられるわけがない。あきらめるんだ、ジョーイを呼んで、シェルを河に投棄し処分しちまえばいい、お金のことなんか忘れるんだ、たかが8万ドルがなんだというんだ、まともな人生の方に価値があるというものだ、そうとも、ステーヴ・ブルーダーが富をもたらしてくれるんだぞ、ニューヨーク湾の底は、暗く冷たいうえ、あまりにも広くて、マンハッタンに引き返すのもたいへんだった、抜け出せたのは幸運だったじゃないか、忌々しいシェルはあそこで破裂して、川底に横たわっちゃいるが、更なるナパームだか、水圧のせいだか何だか知らないが、不幸な偶然というやつで、冷たい水が流れ込んで意識が回復し、そこで必死に水面を目指してもがいて、なんとかしてやっとのことで、ジャージーの岸辺に辿り着いちまった、あそこで死んでいるべきだったというのに。
一瞬、胃の底に朝食がへばりついているかのように重く感じ、打ちひしがれ猿轡をかまされているように感じたので、シートベルトを外し、手を組んで気持ちを落ち着け、ファン、トラッキングモーター、カメラの順に切っていくと、闇が再び己にまとわりついてきた。
シェルは自分を不死身の存在にしたてたように思わせが、それゆえ致命的な心理的罠にはまってしまったのだ、だから自分では持ち上げられず、最後の一回というこの局面において、持ち上げることができずにいるのだ。

闇が周囲を蠢き、再び転落しているかのように思えてきた、ここから出なくては、窒息して、
死にかけているじゃないか。
だがそうしなかった。
そこで反抗心が膨れ上がってきたのだ、たしかに死にかけてはいるが、死んだわけじゃない、
シェルが持ち上がらないように感じてはいるが、あの夜はできたじゃないか。
それもこのシェルだった、あのときたしかにずぶ濡れになって、疲れ果て、ショックに包まれてジャンクヤードにもどりはしたが、生き延びたのは紛れもない事実だ。
不思議な高揚感に包まれながら、さらなる事実におもいあたる、しかもそれからこのシェルを一度ひっぱりだして、ジョーカータウン上空を横切り、旋回してみせたじゃないか。
そう己をとらえていたおうまのロジックから抜け出す光明だ、そこで皆が目にした通りだ。
タートルは生き延びている、そう確かに己を捕らえているが無敵の存在なのだ。
叩かれ、ナパームを受け、ハドソン河の底に石のように横たわり沈もうとも、タートルは死に絶えはしなかった。
だから道行く人々は、タートルを喝采して迎えたのだ。
トムはスイッチに手をのばし、ぴっしゃりと2度叩くと、スクリーンに再び光が蘇り、ファンが唸りをあげはじめた。
やめるんだ、己の中の恐怖心が囁きかけてくる、できはしないさ、シェルが吹き飛んだ以上、おまえは死にたえたのだ、と。
たしかに吹き飛んださ、口に出して答えた、ナパームも浴びたし、水圧もひどかったし、他にもいろいろあったかもしれない・・・
なにもないベッドルームの壁、割れた窓ガラスがいたるところに散らばり、まくらが裂けて破れ、中の羽が宙を舞っている・・・
閉ざされ熱を持った闇の中から、陰気なゴボゴボいう音が響いてきて、世界がねじくれ回転し沈んでいって、目がくらみ動くこともできない、足の指が冷たさで麻痺したが、浮上しようと願った、高く、さらに高く。
そこで股ぐらに冷たい水の感触を感じ、急激に覚醒がうながされたのだ、シートベルトを引きちぎったが、すでに遅く、冷たい抱擁は胸まで達し、揺れてもはや立つことも覚束ない、水位は頭頂まで達し、息もできず、全てが闇につつまれた、墓のごときまったき闇だ、脱出しなければならない、抜け出さなければ・・・
ベッドルームの壁、砕け散る音、夜毎の悪夢、雑誌の紙面に、ボルトが緩んで砕け、捻じれ、溶け砕け散ったアーマープレートが載っている、ひしゃげ、まるで割れた卵のようだが、それがなんだというんだ・・・

             くそったれが!あれはぼくだ、ぼくがやったんだ!
手近なスクリーンに意識を集中し、ひじかけをにぎりしめ、タッチパネルの操作をこころに思い浮かべた、するとシェルは順調に浮き上がり、塹壕を出て、ガレージのドアもくぐりぬけた。
朝日がシェルの装甲板を飾るはげかけたグリーンの塗装を彩り、抱擁し輝かせながら、さらにシェルは上昇していった。
高く、さらに高く・・・