ワイルドカード5巻第14章王様のおうまも・・5

               おうさまのおうまも・・・Ⅴ

                 G.R.R.マーティン 

わずか2ドル50セントを暗がりの奥の窓口で払うだけでいい、普段なら
それだけでバワリーダイム・ワイルドカードミュージアムに入れるのだ。
それなのに窓口に人影はなく、ドアは鍵のかかったまま。
そこでトムは窓口に備え付けられているベルを一度鳴らし、すこし待って
さらにもう一度鳴らしてみたところ、ようやくひきずるような音とともに、
窓口の後ろのドアが開き、そのドアを盾にして絡みつくような淡く青い目
が現れた。
その目はトムをなめ回すかのようにドアのフレーム沿いにせわしく滑らか
に動いたように感じられ、二度まばたきした後に、一人のジョーカーが部屋
に入ってきた。
それは頭全体からダース単位の長い触手のような目が生えたジョーカーであり、
その目は絶え間なく蛇のごとく蠢いている。
だがそんなことはたいしたことでもないといった態で話し始めた。
「読まなかったんか?」低い鼻声でさらに続けた。
「本日休業の文字さね」と言いつつ片手で小さく窓口の窓を指し示した。
確かに「休業」と貼ってある。
蠢き続ける目には、胃がむかつき吐き気を覚えたが、我慢して声を絞り出した。
「ダットンさんかい?」多くの目の中の一つが回転したのち静止し、じっとトム
を値踏みするように見つめている。
「ダットンに約束でもあるんか?」ジョーカーの問いに、トムがうなずいて答えた。
「そうさ、中にいれてもらおうじゃないか」
それを聞いたジョーカーの男は、2〜3の目でトムを瞬きもせず興味深気に見据え
ながらも踵をかえして窓口の奥に引っ込んでしまい、奥のドアも閉めてしまった。
路地に面した通用口の、重い金属製防火扉をいらだちながら眺めていると、ようやく
鍵が外され、留め金が中に引き込まれていった。
ジョーカータウンの路地には様々な逸話があるが、どれも気を滅入らせるには十分暗く
陰鬱なものであったから、これも驚くには値すまい。
「こっちだ」という声とともにドアが開き、先ほどの蠢く目のジョーカーが現れたのだ。
ミュージアム内部に窓はなく、中は路地よりさらに陰鬱に感じられたが、通った長い
道中に目にした埃っぽい柵の両側には、蝋細工ジオラマが展開されており、それは
好奇心をかきたて強く目を引くには充分なものであった、タートルとして上空を横切る
ことは数千回に及べども、中に脚を踏み入れたことはなかったのだ。
照明が落ちた状態の暗がりで見る人影は、不思議に生命があるかのように感じられる。
ジープに登って上空を不安げに見つめる兵士たちと、乗ってきた宇宙船が背後に描かれた
白砂に立つドクター・タキオン
鉄面のDr・トッドに撃たれた腹部を押さえつつ雄雄しく立つジェットボーイ。
エンパイアステートビルの模型に登った巨大な類人猿に握られ、苦しげに表情をゆがめた
金髪の美女。
それらのまわりに、何かを象徴するかのようにねじくれ、身をよじるジョーカーたちの姿が
散りばめられている。
角を曲がったところで、突然案内をしていたジョーカーが姿を消し、あとをついていっていた
トムは、部屋いっぱいの怪物の中に取り残されたことに気がついた。
闇が塗りこめられたような室内には、本物と見紛うばかりの化け物たちがトムを身近に
見つめている。
ミニバンサイズでのこぎり状の口から酸を滴らせた巨大飛行蜘蛛。
ゼラチン状に震える皮膚で覆われた人型モンスター。
それらは部屋の四方に押し込まれ窓ガラスのところまでいっぱいにはちきれんばかりに
ひしめきあっているように見える。

「最新のジオラマを紹介しよう」

背後から落ち着いた声が響いてきた。
「<群れ子対人類>だ、ボタンを押してみたまえ」
視線を下に降ろすと、柵の上のパネルにおよそ半ダースものボタンが並んで
おり、その一つを押してみた。
ジオラマ内部のスポットライトが、天井から吊るされたモジュラーマンの蝋人形を照らし出し、
その肩にマウントされた銃座から、赤い2筋の光が点滅し、そのレーザーが群れ子の一体に
当てられ、薔薇色の煙が立ち昇り、所在のわからないスピーカーから痛みを訴えるかのような
歯擦音が流れ出た。
2番目のボタンを押すと、モジュラーマンは闇の中に姿を消し、黄色い戦闘服に身を包んだ
ハウラーの姿が映し出された。
背後には濛々たる煙に包まれた燃え盛る戦車。
大きく開かれた口に呼応するように、スピーカーから金切り声が流れ出し、群れ子たちは怒り
に震えているかのよう。
「こどもたちが喜ぶぞ」さらに言葉は続く。
「近頃のこどもたちは特殊効果に目が肥えていてただの蝋細工では遺憾ながら満足しない、
だから何かを加えなければならない」
ジオラマ脇のドアから、暗い色合いの古めかしいスーツに身を包んだ背の高い男が
現れた、さきほどのジョーカーもその傍らに控えている。
「わたしがっ・・チャールズ・ダットンだ!」
手袋をはめた手をもったいぶったしぐさでふりながら、肩には重苦しい黒いケープをはためかせるさまは、まるでヴィクトリア朝のロンドンからキャブに乗って時間を超えて降り立ったかのようだ。
そして頭に被さったカウルで彼の顔は隠され、表情を読みとることはできなかった。
「オフィスの方が落ち着くのではあるまいか」もったいぶってさらに続けた。
「ご足労願えるならば、ですが」
突然足元がおぼつかないような感覚におそわれた、何か足元に不安が広がったともいえる感覚だった、ぼくはここで何ををしているのだろう。
少なくとも、これまで鋼鉄のシェルに守られてジョーカータウン上空を悠々と突き進むときには感じたことのない感覚だ。
ともあれ進むしかあるまい、もはや引き返す術などないであろうから・・・
その男についていき従業員専用の札のついた扉をくぐり、狭い通路をさらにすすんだところで、さらに2枚目の扉を抜けたところに、作業場のような空間の奥に、小さいが落ち着いたオフィスがあり、そこに通された。
「なにか飲むかい?」ダットンはフードを被ったままオフィスの端にしつらえられたバーに行き、手酌でブランデーをたしなみながら声をかけてきた。
「結構です」そう答えつつも、酒の力を借りて、気分を盛り上げ、舌をなめらかにしたい気分がよぎったが、カエルのマスクを被って酔っ払う姿はあまりにもまぬけで節度がないだろうと思いとどまった。
「気が変わったら言ってくれたまえ」横柄にそう話しながら部屋を横切って鉤爪脚のアンティックチェアに腰を降ろして再び口を開いた。
「まぁかけたまえ、そんなふうに立っていられると、居心地が悪くていけない」
トムは聞いていなかった、彼の目はデスクの上の<あるもの>に釘づけになっていたのだ。
ダットンがその視線に気づき、それをデスクの上で回転させてみせた。
それは整った顔を供えた首だった、完璧なまでに均整がとれたその顔は驚きの表情で凍りついた様子ながら、髪はなく、代わりに透明なプラスチックのドームがすえられていて、中にレーダーと思しき皿状の物体があるが、それは半壊しており、様々なケーブルが、半ば溶け、ぎざぎざの状態となった首からぶら下がっている。
「モジュラーマンの・・・」
トムは思わず口に出していて、驚きをおちつけようと、梯子型椅子の端に倒れこむように腰を沈めた。
「頭だけだがね」
蝋細工に違いないんだ、そう自分に言い聞かせつつも、その首に触れてから、声をあげてしまった。「蝋じゃない」
「もちろん蝋細工じゃない」ダットンがさらに続けた「本物さ、エーシィズ・ハイの給仕見習いを買収して買い上げたんだ。
いうまでもないですが、かなり高くつきました、次のジオラマはエーシィズ・ハイでの天文学者(アストロノマー)の襲撃をモチーフにつくるつもりです。
あの騒動で、モジュラーマンが破壊されたのを覚えているでしょう。
この首は、そのジオラマにさらなるリアリティと、迫真性を付け加えてくれることでしょう、そうは思いませんか?」
その言葉はトムの胸になにかひっかかり、言葉をあらげて反論せざるをえなかったのだ。
「じゃキッド・ダイナソアの遺体があったら、それも飾りたてたのか?」
その言葉は相当にとげをふくんだものであったが
「あの少年は火葬されたからね」ダットンはこともなげに事実をよみあげるように淡々と返した。
「とはいえ専門家筋によると、埋葬された遺骨は別人のものであり、実際の
骨は清掃業務を行った人間によってマイケル・ジャクソンに売却されたそうですよ」あきれて完全に言葉をうしなってしまったトムにダットンはさらに言葉を継いだ。
「驚いたようですね」ダットンの言葉はさらに続いた。
「ここはジョーカータウンですよ、もしあなたのマスクの下が、我々と同じジョーカーならば、どんな顔を見たところで今さら表情を変えはしなかったでしょう」ダットンはそういいつつ、彼の顔を覆っていたフードに手をのばし、それを引き降ろした。
そこにあったのは、死者の顔であった。
トムを苦笑いをうかべつつ見つめるデスクにかけた男の顔、それは眉の隆起の下には暗く落ち窪んだ目、鼻も唇も髪もない顔に、薄い黄色い皮が引っ張られはりついていて、歯のかたちで笑いがかろうじて判別できるのみ。
「そしてここに暮らすものならば、自分の顔を見慣れていますから、どんな顔を見ても驚かなくなるものです」
そう言ってダットンはようやく、慈悲を示すかのように、フードをずりあげ、生ける髑髏といった風貌を覆い隠したが、それはトムの胸に重くのしかかったままであったのだ。
「さて」ダットンがそれを察してか本題に入った。
「ザヴィア・デズモンドから、新しい展示の申し出があなたからあると聞いているのですが・・」
トムは長きにわたり数多のジョーカーをタートルとして見てきた、しかしそれは
TVスクリーンごしに離れてのことであり、厚い何層もの装甲板に覆われてのことであった。
薄暗い部屋で、黄色い髑髏顔の男に対するのとは違ったものといえるだろう。
「そうさ」気を取り直しつつようやく答えた。
「わたくしどもは、新しい展示の可能性を求めています、より特別ですばらしいものを求めているのです。デズは口からでまかせを言うような男じゃない、その男が、あなたならば真実特別なものを提供できると語ったのです、それで興味をそそられたのです、どんな趣向の展示なのですか?」
「タートルのシェルさ」
ダットンは一瞬息をのまれたかのように沈黙したが、すぐに口を開いた。
「レプリカじゃないのですか?」
「本物さ」トムは誇らしげに答えた。
「タートルのシェルは、昨年のワイルドカード記念日に破壊されたのじゃなかったかな?」ダットンはさらに畳み掛けた。
「ハドソン河の底から部品がさらいだされたと聞いていますよ」
「シェルの一つにすぎない、あれは最近のモデルだ、まだ3台ある、もちろん最初(オリジナル)のも含まれている、フォルクスワーゲンのフレームにアーマープレートのついたやつだ。
真空管の一部は焼け付いちゃいるが、それ以外は損なわれちゃいない。
ちょっと手を加えて、TVスクリーンの回線をつなげばいい、迫真なんてものじゃない興奮が待ってるんだ、いくらかとって中にいれてやるといい。
他の2台は、空っぽの抜け殻みたいなもんだが、もしでかいホールがあるなら、上から吊るして見せるといい、スミソニアン博物館の航空機方式って寸法さ。」
椅子に深く腰掛けてさらに続けた。
「ここはやぼなフリークショーを超えた、本物の博物館になる、それが本当の展示ってものだろう。」
ダットンはうなずいて応じた。
「そそる話なのは認めざるをえませんが、シェルなんて誰でもつくれるものです、なにか証明するものはありませんか、たとえばどうやって手に入れたのか、とかですが・・・」
一瞬ためらいつつも、ザヴィア・デズモンドの、ダットンは信用できる、という言葉に後押しされて、24年間守り通した秘密を口にした。
「手にいれたんじゃない」そしてあとの言葉を搾り出した。
「僕がタートルなんだ」
いくぶん長い沈黙のあとに、ダットンが口を開いた。
「タートルは、死んだといううわさですよ」
「それは、でまだ」
「わかりました、それでは証拠をお願いできますか」
その言葉を受けて、トムは深く息をつき、椅子の背に手を回して気を落ち着けつかせてから、モジュラーマンの頭に意識を集中し、ダットンの目の前で、1フィート持ち上げ、回転させてみせた。
テレキネシス自体、さほど珍しいパワーではありません」ダットンが無感動に反論し続けた。
「タートルをタートルたらしめているのはTKではありません、その強大な力なのです、いっそのこと、そこのデスクを持ち上げてみてはいかがですか?」
どう返したものか、実際シェルの中でないと、デスクを持ち上げるような力は発揮できないのだ。
そのとき突然、思いもよらない言葉がほとばしるように口をついで出た。
「シェルを買ってくれるなら、3台とも飛ばして運んでみせようか?」
その言葉は空を滑るようなうすっぺらな言い逃れのように思えてならなかったが、それを聞いたダットンは、わずかながら思案したのち
「その到着も録画して、展示の一部にするとしましょう、よろしい、それならば証明になるでしょう、さてあとはいかほどになるかですが・・・」
その言葉を聞いたトムは一瞬頭の中が真っ白になったが、モジュラーマンの頭をダットンのデスクにドスンと降ろしてから答えた。
「10万ドルで」つい期待していた額の2倍の数字を口走っていたのだ。
「高すぎる、4万ドルでどうかね?」
「それはないだろ」トムはひっこみがつかずさらに強気ででることにした。
「これは唯一無二の代物なんだぜ」
「3つあるじゃないか」ダットンは揚げ足をとりつつ言葉をついだ。
「せいぜい出せるのは5万ドルまでだよ」
「歴史的価値を考慮にいれればそれ以上だろ、このしみったれた場所にハクをつけることになるだろうね、そうなるかどうかはあんたの決断しだいなんだぜ」
「6万5千だ」そういったあとダットンは釘を刺してきた。
「残念だが、これが提示できる最高額だよ」
トムはさも失望したかのように立ち上がってみせ
「邪魔して悪かったね、それじゃマイケル・ジャクソンの電話番号でも調べるとするかな」そう挑発してのけた。
ダットンはしばらく答えなかった、そこでドアに向かって出て行くそぶりを示してみたところ、ようやく折れた。
「わかった8万ドルだそう」その声に振り向いたトムに対して、ダットンが咳払いしつつ悔しそうに言い添えた。
「とはいえこれでいくつかの計画を白紙に戻さないと、とうていたちゆかなくなったんだよ」
トムはドアの前に立ち止まって、なかば出かけた状態で、自分でもまぬけと思える言い訳を口にするしかなかった。
「お金が必要なんだ」
ダットンがくすくすと含み笑いしつつ切りかえした。
「無敵の勇者タートルに言い負かされて資金を用立てることになろうとはね、まぁ2〜3週待ってくれたまえ、それまでには何とかしよう」
フードの男がデスクの脇にイスを広げてトムに示し言い添えた。
「これで同意でよろしいかな?」
「それから」それに対し思わぬ言葉が口をついで出た。
「その頭もつけてもらおう」
「<頭>をかね?!」ダットンは驚きつつも、興をそそられたようすで尋ねた。
「感傷的すぎやしないか?」モジュラーマンの頭部を掴み上げ、胡乱な瞳で見つめた後、念を押してきた。
「ただのマシンさ、壊れた機械にすぎないんだよ」
「仲間の一人さ」どこにそんな思いが潜んでいたのか、そんな思いに苦笑しながら言葉を継いだ。
「ここに置いとくには忍びない」
「エース魂か」ダットンはため息をつきつつ応じた。
「いいでしょう、エーシィズ・ハイのジオラマには蝋の頭部を用意することにしますよ、シェルが届きしだい、これはあなたのものです」
「あんたはシェルを、ぼくはマネーを得る」トムの言葉を受けて
「公平な取引さ」とダットンがしっかり請け負った。
こんなところに来て、ぼくは何をしてるんだろう。
ふと再びそんな考えが頭をよぎったが、拳を握り締め、己に言い聞かせた。
8万ドルといえばたいした額だ、これならひっくり返った亀、古い時代の終焉を、飾るに相応しい額といえるだろうから、と・・・