ワイルドカード5巻第14章おうさまのおうまもⅥその2

               おうさまのおうまも・・・Ⅵ

                 G.R.R.マーティン 

ブルックリンをぬけ、東の空に出、太陽を背にし進む、長旅になりそうだが、スタテン島と海峡の間を旋回しておく、これはどこから出てきたかを覆い隠すための、20年に渡るタートル活動の末、編み出されたトリックだ。
ブルックリンブリッジの石の防塁上空に至り、低く素早く移動するよう心がける。
スクリーンに目をやると、シェルの影になって、驚き上を見上げた朝の散策者たちが目に入ってきた。
なにしろ3代のシェルが同時にイーストリヴァ―上空を飛行しているのだから、前代未聞にして空前絶後、そう二度とお目にかかれない光景といえるだろうから。
昔年のトップ見出しの亡霊が、鋼鉄の装甲板の姿をとって立ち現れたかのよう。
タイトなフォーメーションを組んで、寄せ集まりまるで一体ででもあるかのように、ジョーカータウン上空で、華麗なるダブルループを描いてみせた。
トム自身はというと、真ん中のシェルに収まって、下での反応が見ものだろうと悦に入りはしたが、すぐにそんな考えを頭からしめだした、どうせ雑誌あたりで、またヴィーナスの仕業などとこき下ろされるのが関の山だろうから。
塹壕から他の2台のシェルを引っ張り出すのはかなり骨がおれることに思えた、アーマーだけとはいえかなりの重量があるのだ、それでもベイヨーンのジャンクヤード上空を飛び回っているうちに、いい具合に別に3台をジャグル(お手玉)する必要はないことに思いいたった。
3台別個に持ち上げる必要などない、3点で溶接された巨大で透明なトライアングルをイメージし、それを空中で持ち上げるよう念じるだけでいい、そうすると意外と簡単に持ち上げることができたのだ。
ダットンはカメラを抱えた人間とブルックリンブリッジに待機しており、もう一人の撮影スタッフは、フェーマス・バワリー・ワイルド・カード・ダイム・ミュージアムの屋上に待機していた。
こうして撮影も無事終わり、シェルが本物であるという鑑定書代わりができあがったところで、「これでいいだろ」と平らな屋上にシェルを降ろしたのち、拡声器から確認し「ショーはこれでおしまい、カットだ」と告げた、着陸までは撮影させても、ハッチを開けて、出るところまで撮らせるつもりはない、マスクがあろうとなかろうと、自分にとってそれはまだリスクに思えたのだ。
ダットンは暗く長いフードで顔全体を覆い隠しており、その表情を伺うことはできないが、手袋をはめた手を大仰に振って指示をだしたため、撮影を行っていたジョーカーは、機材を片づけて、屋上から退去し始めた、最後の一人が姿を消したところで、トムは大きく安堵の息をついて、ゴム製の蛙の顔に頭を滑り込ませ、電源を落としてから、朝の光の下に這い降りた。
そうして振り返ると、日の光の下では、塹壕の薄暗がりとは違って見え、より小さくみすぼらしく思える。
「離れがたいようですね」気遣う声に振り返って「そうだね」と返し、ダットンを見やると、ケープの下に、長い黄金の鬣に彩られた、革のライオンのマスクをつけている。
「そいつはホルブルックで買ったのかい?」
「私はあの店のオーナーなんだ」ダットンはそう答えながら、感慨深げにシェルに目をやった
「中はどんなだろうとずっと想像したものだった」そのダットンの言葉にトムは肩をすくめ応じた。
「歴史博物館の鯨と同じように見られるわけだ、タートルというヒーローもいたっけ、てな具合にね」
その言葉は、自分自身にすらよそよそしく響き、こころで声は続いていく。
そうして年を経るごとに、誰も顎もひっかけなくなる、町のちんぴらどもが、リチャード・ミルハウス・ニクソンを見るような目でみられるようになるのだ。
そんなことよりこれから8万ドルを運ばなければならない、もしダットンがそいつを渡す気がなければ、外で数人待ち受けている、ということもありうるわけだから。
そんな雑念をもふりはらうように声をはりあげた「取引をすすめよう」そうして念を押す。
「お金は?」
「オフィスで渡そう」ダットンがそう応じ、階下に降りる。
用心深く回りを見回しながらダットンに従って、慎重に一段一段踏みしめ、ビルの寒々しい薄暗がりにわけいっていきながら気を紛らわせるかのように声をかけてみた。
「まだ休業中なの?」
「開業できる頃合じゃない」ダットンが続けた。
「いわゆる新たなワイルドカード騒動のせいさ、みんなおびえている、客足も遠のいたし、ジョーカーですら人目を憚るだけではなく、表にすらでてこなくなったんだからね」
話しながら、陰鬱な石壁の作業場の中に入ると、ミュージアムの中は完全な休業状態でないことがみてとれた。
「新しい展示を用意しているところだ」
説明しようとするダットンの言葉に立ち止まると、ハートマン上院議員の蝋人形をドレスアップしているスレンダーでボーイッシュな若い女性の姿が認められる。
その娘が長く器用な手でタイを結び終えたところで
「これはシリアを舞台にしたジオラマだ」とダットンの声が割って入る。
その娘は上院議員のグレイチェックのスポーツコートに手を加えており、
そのコートの肩は、弾丸によって痛々しく引き裂かれたようになっている、そこに注意深く、血のりの染みを滲ませていたのだ。
「まるで本物のようだね」
「ありがとう」そう答えつつ振り返って手を広げ、素晴らしい笑顔で応じてくれたその娘の目は、通常の目よりも、赤黒く輝く虹彩が大きく、違和感は覚えたが、別に盲目というわけではなく、きびきびと問題なく作業をしている様子だった。
「キャシーといいます、あなたの蝋人形が作れたら嬉しいのですけれど・・・」
その言葉にトムは慌てて首を振って答えた。
「シェルに乗せるつもりなのかい?」
キャシーは小首をかしげつつ編んだ髪の間からその個性的な暗い瞳を覗かせて言いよどんでいるようだったので
「まぁ」トムが先に結論を告げた「やめておいた方がいい」
「それが賢明だな」ダットンが代わりに答えた。
「もしレオ・バーネットが大統領になったら、お仲間のエースたちは皆姿を隠すことを望むだろうからね、輝かしき時代の始まりというやつだ」
「バーネットは当選しない」思わず熱をこめて否定してしまい、キャシーが手を加えている蝋人形に
うなづきかけながら言い切った。
「ハートマン議員が阻止してくれるさ」
「グレッグに清き一票を、というわけね」キャシーは微笑んで付け加えた
「蝋人形の件で気が変わったら声をかけてちょうだいね」
「もしその気になったら真っ先に声をかけるよ」
ダットンが手で先をうながし「来たまえ」と声をかけてきたので従って進むと、今度はシリアのジオラマの他のキャストが目に入ってきた。
毛皮仕立てのアラビアの王装と先のとがった靴を身につけたDr・タキオン、10フィートの長身を誇る巨大なサィードの蝋人形、輝かんばかりの純白の戦闘トーガを身につけたカーニフェックス、そして機械仕掛けの耳を備えた巨大な象の頭が木製の作業テーブルに置かれている、それらをダットンがそっけなくうなづきつつ通り過ぎようとしたところで、トムは目にしたものに凍りついたように立ち止まらざるをえなかったのだ。
ジーザス・ファッキング・クライスト(そんな)!」思わず叫んでいた。
「あれは・・・」
「トム・ミラーだ」ダットンが答えた。
「本人は『ギムリ』と呼ばれる方を好んでいたようだがね、そう我々ジョーカーにとっては恥部ともいうべき存在だったわけだが」
その侏儒はうなりを上げ、ガラスの瞳に憎悪を沸き立たせて、拳を頭上に振り上げ、熱弁を振るい人々を導くかのようなかたちで固定されてはいたが、それは蝋人形ではなかった。
「剥製技術のたまものさ」ダットンがさらに続けた。
「肌にはダース単位の穴が開いていたし、骨や筋肉や内臓まで露出していたがね、何とか腐りだす前に運び出すことができたんだ、新しいワイルドカードウィルスというのも、なかなかに慈悲深いもののようだな」
「死体をつかったのか」嫌悪を露にしてトムは尋ねた。
スミソニアンにだってジョン・デリンジャーの陰部があるだろう」ダットンはこともなげに答え
「こちらへどうぞ」と先へ促した。
そうしてたどり着いたダットンのオフィスでは、トムは勧められるままに喉を潤さずにはいられなかった。
ダットンは注意深く現金を束ね、ありふれたみすぼらしい緑のスーツケースに入れてよこし
「ひぃふうみぃ、っと」と呟いて「数えてみるかね」と言い添えた。
トムはしばらく喉を潤すのも忘れて、緑のケースを眺めていたが
「いやいい」と答え、凄みをきかすのも忘れなかった。
「足りなくても、あんたのいる場所はわかっているからからね」
その答えにダットンはわずかな笑みで答えつつ、デスクから丁重にミュージアムのロゴの入った茶色のショッピングバッグを取り出して示して見せた。
「それは?」とトムが尋ねると
「あぁ、例の頭だよ、バッグが必要かと思ってね」
すっかりモジュラーマンの頭のことは失念していた。
「あぁそうだったね」そういってバッグを受け取り、
「確かに」と言い添え、中を覗き込むと、モジュラーマンの目と視線があってしまったので、慌ててバッグを閉じて、「これでいい」と言葉にだしたが、それは自分に言い聞かせなければならない言葉でもあったのだろうから・・・