ワイルドカード7巻7月19日 午後10時

     ジョージ・R・R・マーティン
       1988年7月19日
         午後10時
 


「話すことは特にないよ、ミスター・アクロイド」
チャールズ・ダットンはそっけなくそう言っていて、
熱い7月の風がバワリーを吹き抜け、丈の長い黒い
外套をばたつかせながら歩いていくそのジョーカーに
着いていっていると……
「クリサリスと私は一種のビジネス上のパートナーでは
あっても、個人的なことは何も知らない、あの人は秘密
そのものを好むような人でしたからね」その言葉に、
「知っておくべきじゃなかったかな、仲間のこととして」
ジェイはそう応え、
「どうしてクリサリスとの関係を誰にも知らせずにいたんだ?」
ダットンの長い脚の早いペースにについていきながらそう言葉を
継いでいるうちに、
カオス・クラブの前を通ったところで、そこのドアマンに丁重に
頭を下げつつ、
「あの人は表舞台が相応しい方でしたが、私は目立つことは
避けたかったものですから」ダットンはそう言って、
「今日のことはいわぼ例外と言っていいと思いますよ、
私としては目立たず静かに敬意を表して立ち去るつもりでしたから、
そもそもあの愚かな男がいなければあんなに長居することも
なかったでしょうし、あんなに感情的にならずにすんだと
いうものでしょうが」
「それでもジョリーは父親だよ」
ジェイがそう言うと、
「溺愛気味の父親というべきでしょうな」
ダットンもそう言って同意を示しつつも、
「4年間も自宅であの人を監禁していたのですから、
それもあの人の姿を人に見せるのは世間体が悪いという
理由でですよ、あなたもご存知ではありませんか、私があの人の
過去をわずかしか知らないのは、あの人自身がそれを話し
たがらなかったからです。それで私はあの人が最初に
ジョーカータウンに来たときに、私を頼ってきたものですから、
多少の履歴というものを必要に応じて聞いたにすぎません」
「金を貸していたんだな?」
ダットンはその言葉に頷いて、
「あの方が無記名で必要とした資金というものは相当なもの
でした、あの人は半ブロックを要求していましたからね、
クリスタル・パレスの土地家屋のみではなく、そこに面する
辺りをも望んでいたのです、例え廃墟になっていたとしも
マンハッタンの不動産というものはけして安いものでは
ありませんよ、それが例えジョーカータウンであっとしても
です、当然様々な経費もかかってきました。
立て直したり、修理したり、家具を揃えたり、酒類の販売許可も
必要でした……」
「あげたわけでもあるまい」ジェイがそう返したところで、
コインランドリーの長い窓に灯りを反射させて車が通りすぎて
いった。
「街の調査員としたところで激務でしょうに」
ダットンはそう言って、
「警察官にせよ消防隊員にせよ、それなりの分別をもつことは
求められているでしょう、ジョーカーならば特にそれは必要と
されてきます、コストもかかって当然というものでしょう」
「それでだいぶ貸していたのか?」ジェイはそう言って、
コインランドリーの窓に反射する光を眺めつつ、
「あんたが持っているあそこの権利はどのくらいかと言った
方がいいかな?」と言葉を継ぐと、
「三分の一程度ですかね」ダットンはそう応え、
「あの方は自分で経営権を持つことを望んでいましたから」
「止まらず歩いて、振り向かないように」ジェイがそっと
そう言って、「つけられているようだ」と言葉を継ぐと、
「本当ですか?」幾分早足になりながらそう返してきた
ダットンに、
「通りの向こうにいる、大体半ブロック離れたところかな、
軒先から軒先を移動して隠れるようにしてこそこそ着いて
来ているようだ」ジェイはそう言って、
「まるで素人のようなつけ方だな、あれじゃ探偵学校だったら
落第といったところか、一応街灯の下は避けてるようだが、
対向車が来るたびに見えてちゃせわがないというものだ」
「誰だか知ってるのか?」ダットンがそう言葉を向けると、
「オーディティだ」ジェイはそう応え、
「あんたの知り合いじゃないか?」と返すと、
「それはどうだろうな、噂ぐらいは聞いているがね」
「実は人に話していない特殊能力はおもちではありませんか?
いかがです?」ジェイがそう言葉を向けると、
ダットンは笑いながら、「富が力とするならあるといえるかな」
「そうかもな」ジェイはそう返し、
「もしオーディティが襲ってくることがあったら、その鼻先に
百ドル紙幣でも投げてみるんだな、そうすれば効果があるかわかると
いうものだ」
「私に考えがあるのですがね」ダットンはそう言って、突然
立ち止まっていた、そこはフェイマス・バワリー・ワイルドカード
ミュージアムの前だった。
玄関口に向かったダットンに、「どうするつもりだ?」
ジェイがそう訊ね、「閉まっているぜ」そう言葉を重ねると、
「鍵を持っていますから」ダットンはそう言って、ドアの一つを開け、
ジェイに中に入るよう促している。
「思いもよりませんでしたか?」
「あんたがオーナーなのか?」ジェイはそこでダットンが何やら施錠を
しているような動きをしているのを見つめながら訊ねると、
「まぁそういうことです」ダットンはそう応え、壁の鍵箱に何か番号を
打ち込んでいて、紅い光が点滅したかと思うと、今度は緑色の光が点いた
ところで、「これで大丈夫です」ダットンはそう言って、
「こちらへどうぞ」と言葉を添えていた。
ミュージアムの中は薄暗くひんやりとしていて、自在戸を抜けると、
従業員専用通路に出たところで、
「ここは儲かっているのかな?」ジェイがそう訊ねると、
「まぁそれなりにはね」ダットンはそう応え、
「おいでになったことはおありですかな?どうでしたか」
「かなり昔なら来たことがある」ジェイはそう応え、
「瓶が並んでたことだけを憶えている、たくさんの瓶に、
歪なジョーカーの子供が浮いていて、とても怖かったことを
憶えている」記憶の淵に沈めたように思っていたが、実際
こうして口にだしてしまうと、その記憶が鮮明に蘇ってきて、
ガラスの張られた壁の防腐剤の中にに小さな身体が無限に
並べられ漂っている恐ろしい光景となったこと思うと、
他よりも特に大きくグロてスクな、その中の一つが、
回転する円台に上ったかと思うと、ゆっくりとジェイの方を
向いて、その目を開いたかと思うと、ジェイを見つめていて、
ジェイが叫びだすと、記憶の中の父は黙って肩に手を置いていた。
「それで悪夢を見ることになったのか」ジェイはそう言って、
突然そう思い至りはしたものの、身体の震えは収まらず、
Jesusなんてざまだ」そうぼやいて、、
「もう展示していないんだろ、違うのか?」そう言葉を継ぐと、
「悲しいことですが展示されたままです」ダットンはそう応え、
奇態なジョーカーの胎児は最初の展示の一つであって、いまだに
それを期待して来館される方も少なくありませんから……
私とて最初のオーナーからここを譲りうけて以来、適法な範囲で
新しい展示を模索してもいるのです、それをご覧にいれましょう」
ダットンはそう言って、通用口の一つにジェイを導くと、
「こちらです」ダットンはそう言って、
「シリアの大パノラマですよ」ガラス越しに、戯曲の一部さながらに、
蝋人形たちが静止してうるさまが広がっているのが見て取れた。
前景には、カーニフェックスがウージィをテロリスト達に向けている
一方、お腹の大きなペレグリンが金属のかぎ爪で闘っているのを他所に、
タキオンはアラビア風であはあるものの色彩感覚のおかしなか装いで、
床に転がっていて、ジャック・ブローンは銃を持った男達に向って
いるが、弾丸をその身体が弾き返していて、その銃弾の一つがハートマン
上院議員に当たって血が流れ、シングルのジャケットに染みを作っている。
さらにその後ろに視線を向けると、ハイラム・ワ−チェスターがアラブの
屈強な男達を数人相手にしていて、そこには倒れた預言者を、その血の
付いたナイフを持った女が見下ろしている姿も見て取れた。
「まざまざと思いだすことができるのではありませんか?」
そう言っているダットンに、「そうだな」とジェイは応え、
「あの視察旅行であったことも、ハートマンの指名争いにも
何らかの影響を及ぼすかもな」そう言葉を返すと、
「むしろ箔が点いたというべきかもしれません」
ダットンがそう応えたところで、
ジェイはジオラマの前のパネルについたボタンに気がついて、
「これは何だ?」と言葉を向けると、
「新しい展示には、特殊な趣向が凝らされていましてね」
ダットンはそう応え、
「音響効果に、劇的な効果がもたらされる光が添えられた
機械仕掛けが施されているんだ、例えばこちらもボタンを
押せばブローンの黄金のフォースフィールドが展開して、
別のボタンを押せば、ヌールの緑色の光が輝き、端のボタンを
押せば、サィードの巨体が倒れることになっている、確か
ワーチェスターが重力を増したか何かしたのじゃなかったかな」
「蝋人形が動くなんて思いもしなかったがね」ジェイがそう
言葉を向けると、「動く展示には蝋は使っていないさ」
ダットンはそう応え、
「サィードの4分の3くらいはプラスチックで作られている
からね」
「他の人形の上に倒れたりはしないのか?」
「そうならないように配慮はされていますよ」
ダットンはそう応え、
「実際子供たちの受けはいいようで、彼らは拳を振り上げて
倒れるのに歓声を上げて喜んでいます、きっと自分がエースに
でもなったように思えるのじゃないかな」
「ハイラムが聞いたらさぞ恐れ入るだろうな」
ジェイが冷淡にそう漏らしていると、
「他も案内いたしましょう」ダットンはそう言っていて、
「ジョーカーの胎児はとばしてくれていいよ」
ジェイはそう応え、「また具合が悪くなったら悪いから」
と言葉を継ぐと、ダットンは笑いながら薄暗い回廊を案内
してくれていて、そこでは闇の中にヒーローや悪漢が立って
いてジェイ達を見つめていた。
そうしてジェットボーイの前を過ぎ、フォーエィシズ、
リザードキング、ハードハットにラディカルが永劫の
闘いを繰り広げている前を過ぎて、ジョーカーの分隊
ベトナムで従軍している姿の前を過ぎたところで、壁から
手と顔のみを飛び出させたアストロノマーの姿が見えていて、
漆喰の壁には血が飛び散っていて、その横にはGary Gilmoreゲーリィ・ギルモアがいて塩の柱に取り囲まれた姿、
そして拳を突き上げたギムリが熱狂した人々に囲まれた姿が目に
留まって、侏儒のガラスの瞳に見つめられているように感じ、
「見事な蝋人形だな」ジェイはそう言って、
「まるで本物のようだ」と言葉を継ぐと、
「実は本物なのです」ダットンはそう言って、
ギムリの穴の開いた死体が見つかったのはここからそう離れて
いない路地でしてね、お身内も見つからなかったものですから、
遺骸を引き取らせていただいたのです」ダットンのその言葉に、
「遺体をくすめたというのか」思わずそう返し、声を荒げて
しまっていた。
そんな話は何度も耳にしていたというのに忘れてしまっていたのだ。
そこでダットンは咳ばらいを一つすると、「いかにもその通り、
おかげで耳目を集めてくれています」そう得意げに言っているダットンに、
「もうたくさんだ」ジェイがそう言ったところで、
「よろしい」そう言ったダットンに促されるまま、天井の高い大広間の
ようなところに出ていてた。
そこには天井からタートルの古いシェルが何台もぶら下げられていて、
そこに繋がったギャラリーはまだ設営中のようで、梯子やら防水シート
やら木挽台やらが置いたままのところの間を縫っていくと、ビルの中央に
当たる軽食コーナーのような場所に出ていて、ダットンが灯りを点けると、
何台も自動販売機が並べられているのに気づいた。
「コーヒーか、何かソフトドリンクは如何ですかな?」
ジェイはダットンの声を聞きながらも、妙に冷えると考えていたが、
突然腑に落ちた。
夜であろうとも蝋人形を溶かさないためにはこの空調が必要なのだ。
「コーヒーをもらえるかな?」そう応えると、ダットンは自販機に
向かい、何枚か25セント硬貨を入れて、それから紙コップを二つ
トレイに載せて戻ってきて、一つをジェイに渡すと、腰を下して、
「私のささやかなミュージアムの感想はいかがですかな?」と
言葉を向けてきた。
「どうも墓場のように思えてね」ジェイが率直にそう応え、
「死んだ人間に囲まれていると思うと気が重くなるというものだ」
と言葉を継ぐと、
「フェイマス・バワリー・ワイルドカードミュージアムはいわば
ジョーカータウンのInstitute(顔:象徴)のようなものですよ」
ジェイはコーヒーを吹き出しそうになりながら、
「顔というならパレスがそれに相応しいんじゃないか?」と言葉を返すと、
「そうですね」ダットンはそう応え、
「違った意味合いにおいては、ということですが」と返された言葉に、
「それも今ではあんたのものなんだな」と言葉を被せると、
「そういう取り決めでしたからね、生き残ったものがその経営を引き継ぐと
いうようことに同意していましたから、そういうことになりますね」
そう返された言葉に、「だからあの人を殺させたのか?」
思わずそんな言葉を口走っていたのだ。





Gary Gilmore
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%82%A2