ワイルドカード7巻 7月19日 午後10時

  ジョン・J・ミラー
  1988年7月19日
    午後10時


また夢が襲ってきた……
今度の夢は漠然としたもので、
まとわりつく霧の中、かたちの
ない怪物に追われ、存在しない
家路を辿っていると……
追い縋る未知の怪物の呟く声以外は
沈黙に包まれた状況の中で……
誰かの、柔らかく、それでいて
はっきりした名を呼ぶ声が聞えて
きた、その女の声はジェニファーの
声だった。
そこで顔に当てられた冷たい手を
感じ、膝をついて傍にいるのを
感じていた。
今朝同様の浴衣を着たような格好で、
何度も何度もブレナンの名を繰り返して
いる。
そこで触れようと手を伸ばしたが、
まだ椅子に縛り付けられたままの
ようで、そうしているとジェニファーが
手を伸ばしたかと思うと、戒めは解けた
と思ったところで、前のめりに倒れていて、
それを抑えようとしたジェニファーの上に
倒れこむかたちになっていた。
その美しさに何度も何度も口づけをして
いると、ジェニファーは身じろぎをしながら、
「ここから出なければね、ダニエル、奴らが
戻ってくる前にここから出ないといけないの」
ブレナンは頷いて、
「そうしよう」そう応え、
「そうするとも」そう言葉を重ねてまた口付けを
しようとすると、おしのけられていて、
その瞳に浮かんだ痛々しい表情を感じながら、
「これも夢なんだな」そう呟いて、己に言い聞かせるよう
頷いていると、
「夢なんかじゃないのよ」ジェニファーははっきりと、
それでいて低い声でそう言っていて、
ブレナンの手を取ると、しっかりと握りしめ、
その温かさと確かさを感じつつ、その手を引きはがして、
ジェニファーの顔に触れ、
「これは現実なんだな」そう己に言い聞かせるよう呟いて
いると、
「そうよ」ジェニファーは立ち上がり、再びブレナンの手を
取って、たたせようとしたが、ブレナンは眩暈のような激しい
感覚に襲われていて、またジェニファーに覆い被さるような
かたちになっていたが、何とか立ち上がり、ドアに向おうと身を
捩りながら、「ここで何をしている?」と言葉をかけると、
「あなたを助けに来たの、今はそんなことを話している場合
じゃないのよ」
そう言葉が返されたところで、ドアの脇に弓と矢が、そして
クインシィに取り上げられたナイフとかがそのまま置いて
あることに気づき、立ち止まると、ともあれ弓と矢を手に
掴んでいた、他はそのままにして外に出ると、闇が広がって
いて、
一体どれくらい意識を失っていたのだろうかとぼんやり
考えていると、フェードアウトがワーウルフを何人か
引き連れて近づいてくるのに気づき、丈の高い石垣に
身を潜め、そこで大きく夜の大気を吸い込むと、幾分
頭がしっかりしたように思え、あまり薬は効いていなかった
のだろうかと考えていると、
ジェニファーが位相を返還したままついてきて、二人で
芝生を通り抜け、木々の間に紛れ込もうとしたところで
家の方から警報が鳴り響いていてるのを耳にしながら、
「こっちに車が留めてある」ブレナンがそう言うと、
「知ってる、その隣に留めたから」
「どうして俺の居場所がわかった?」
ジェニファーに見つめられながら木々の間を通り抜け、
月灯りの下に出たところで、
「だいぶ探し回ったのよ、昨日は一日かけて、ともかく
ホテルまでの足取りは掴んで、そこからは途方に暮れて
いたのだけれどあの電話がなければここに来ることは
できなかったわね」そう応えたジェニファーに、
「電話だと」そう訊き返すと、
「ええ、ここにいると教えてくれたわ、掴まっているとも
言っていたわね」ジェニファーはそう応え、
木々の間から道路にまで出ていくと、ブレナンの車に
鍵はなく、そのままにしてジェニファーの車に乗ることに
した。
ブレナンはそこで何度か息を吸い込んで、手の具合を確かめて
いると、
ジェニファーは車を出しつつも、ブレナンにちらちら視線を
向け乍ら、「でもおかしいのよ」言い淀みながらそう言って、
「電話のことだけど」そう言葉を継いだところで、まっすぐに
ブレナンを見つめ黙っていて、
「それで」そう言って先を促すと、
「誓っていえるけれど、あれはクリサリスの声だった」
ブレナンはシートに深く腰を沈めながら、ジェニファーに
何か言おうと考えていたが、何も言い出せず、ジェニファーの
言葉と薬の影響を同時に感じながらも、違和感を感じていたのだ。
それは強い違和感だった。
そして思い定めていたのだ。
ならば直接問いただせばよい、と……
クリサリスの遺体を発見した男ならば、
何か知っているに違いない、と……