ワイルドカード5巻最終章おうさまのおうまも・・7

               おうさまのおうまも……Ⅶ

                 G.R.R.マーティン 

              「そんなばかな話があるか」
ブルーダーが怒りに震え、一揃いの皮製ドライビンググローブを握ったまま、膝にたたきつけて興奮しているのがわかる。
「何をいってるのかわかっているのか、百万ドルといえば一財産だ、それを棒に振ったんだぞ。
出るところに出たっていい、タッドベリと俺は共同経営者としてこの土地を運用することになっていた、だから俺のものになるはずなんだ」
「ところがそうじゃない、故人の意思というものがある」ジョーイ・ディアンジェリスが1957年型エドセル・シテションの錆まみれのフードの上に腰掛け、シェーファービールの缶を握り締めながらそう返すと、ブルーダーはおされ気味となり勢いを失ったように思える。
「そんなものには意義を申し立てるさ」そう答えさらに脅しにかかってきた。
「第一多額のローンだってあっただろ」
「ローンは完済済みなんだ」
「タッズは10万ドルの保険をかけてたんだ、それで支払って、充分葬式代にもたりたというわけさ、つまりジャンクヤードはもはや担保じゃないからあんたのものにはならない、故人の意思通りおれのもので問題ないわけだ」
ブルーダーがグローブを手に提げつつ指を指して声を荒げた。
「法廷に引っ張り出されないと考えているなら、考え直した方がいい、お前の持ち物すべてを取り上げてやるぞ、アスホール(けつ野郎)、もちろんこのごみためもだ」
「くそったれが」ジョーイ・ディアンジェリスも負けていなかった
「なら訴えてみろってんだ、おれも弁護士を雇ってうけてたつからな、ブルーダーさんよ、あんたにゃわかるまいな、この家も、コミックコレクションも売ろうと思えばできるがそうはしないし、ビジネスにもしない、すべてあいつが残してくれたものなんだ、そのままにしておきたいんだ」
ブルーダーがあきれた調子で言葉を返してきた。
「おい、ディアンジェリス」その口調には絡め手の色調が帯びられてきた。
「わけを聞かせてくれ、タッドベリは売ることによって、このろくでもない場所をいかすことを望んだんだ、住む場所を求めている人々のことを考えちゃどうだ、この開発は市全体に莫大な利益をもたらすことになるんだぜ」
ディアンジェリスが何かを飲み込むようにぐいっとビールをあおってから答えた。
「おれが間抜けだと思っているのか、あんたはホームレスの避難所を建てるわけじゃないだろ、あいつのプランはそういったものだったんだ、あんたの言ってるのは25万ドルの分譲住宅だろうに」
そこでがらくたと廃車の溢れた一帯を見回して言葉をついだ。
「そうさ、それにスティーヴィーボーイ、ここはおれが育った場所なのさ、このままでいいんだよ」
「それじゃ筋が通るまい」ブルーダーがぴしゃりと返すと
「おれにゃおれのやりかたがあるのさ」ジョーイがさらに畳み掛ける。
「手を引いた方がいい、さもなきゃそこのテールパイプで、尻を叩きあげなきゃならなくなるからな」
そう答えてビールの缶を握りつぶし、放り投げるとエドセルの幌を下げて足場を固め、仁王立ちのまま睨みあう形になった。
「それで脅しているつもりか」ブルーダーも負けてはいない。
「お互い子供のままじゃないんだからな、体格もこっちの方が大きくなったし、これでも週三回はマーシャルアーツで汗を流してるんだぜ」
「かもな」それでもジョーイは一歩もひかなかった。
「それでもおれのやりかたならダーティなファイトになるだろうぜ」そう答え、にやりと笑ってみせたのだ。
その言葉にブルーダーはたじろぎ、怒りを顕わにしながら車に戻ってからようやく言葉を発した。
「最後の言葉は聴かなかったことにしといてやるぜ」そう捨て台詞を残して走り去ったのだ。
その後ろ姿をみつめながら今度は冷やかに笑いつつ、車に戻って、助手席からシェーファー のシックスパック(6缶入り)を取り出し、波が岸を洗い流す音を聞きながら一口含んだ。
じめじめして風が強い曇った昼は数時間ですぎ、じめじめした風の強い曇りがちの夜に変わったところで、岩の上に腰掛け、海面の油が虹のような色を描き出すのをみつめながらタッズのことを考えた。
葬儀の始まりから、棺が閉じられるまで待って、皆が帰ってから年若い葬儀屋に遺体を見せて欲しいと頼んだのだ。
それはワイルドカードによって変異しており、トムの面影はほとんどなく、硬く鱗上のアルマジロのような肌は、放射能か何かを帯びたかのように、微かな緑色に輝いていて、その目にあたるところには、ピンク色のぬめぬめしたゼラチン状の物質がつまっており、水かきのあるピンクの腕の片方に、トムのものであったハイスクールリングがはめられてるのを認めることができる。
これで疑いがなくなったのだろう。
それはジョーカータウンの路地裏で、トムの免許証と衣服を身に着けて発見され、Dr.タキオン自身によって、歯の治療記録との照合により検死報告が為されたのだ。
ジョーイ・ディアンジェリスはためいきをつきつつ、握り撫したビールの缶を掴んだままなのに気づき、脇に置いて、トムと2人で最初のシェルをともにつくったときのことを思い返していた。
あのときはスティール缶ですら握りつぶせた、くそったれどもをぶちのめすためにそれだけの力が必要とされたが、年老いた今でも、それは失われていないのだ。
残りのシックスパックを束ねたリングで持ち上げて握り締め、塹壕の淵に立つと、
巨大なドアが開き、中を見入ると、アセチレントーチの炎が見える。
淵に腰掛け、シックスパックを目の前にぶらぶらさせながら声をかけた。
「よぉ、タッズ」大声で呼びかけた。
「休憩にしねぇか」
トーチの光が消えて、半分まで組みあがった巨大で新しいシェルを背にして、トムが姿を現した。
何て怪物だろう、その骨組みを見上げながらジョーイは思った。
先のシェルの2倍ものものになるだろう。
気密は万全、防水、独立型のコンピューター制御を備えたアーマーで、スーツケースに詰め込まれた資金に保険を加えた14万ドルをつぎこんだシェルなのだ。
タッズはレーダーを修理し、回線をハードにつなぐのがうまくいかず、頭を悩ませて
いる様子のようだ。
そこでトムがゴーグルを外すと、目の周りに隈のようなわっかが着いて見える。
「まったく何てつらだ」さらに言葉をたたきつけた。
「死人の顔に相応しいってものだ、何度口をすべらせかけたことか、
ともあれタッドベリは死んだ、いるのは俺達<無敵の勇者タートルズ>だけなんだからな、それにだ・・」ジョーイがもったいぶって付け加えた
「品行方正なヒーローさまがビール飲んでていいのか?」
「それは必要悪さ、第一このトーチは熱すぎていけない」
ジョーイがシックスパックを放って寄こしたのを、トムが受け止め、缶を外して、
蓋を開けると、ビールが吹き上がり顔と髪を濡らしたが表情は綻んでいた、
それを見たジョーイの顔にも自然と笑顔が広がっていったのであった。