ワイルドカード5巻第2章 おうさまのおうまも……Ⅰ

おうさまのおうまも……Ⅰ
ジョージ・R・R・マーティン

トムは銀行の待合室で手に取った<エーシィズ>誌最新号の記事に目を止めた。
秋の日差しを背にしてハドソン川上空を飛行する「タートル」が表紙で、一度<ライフ>誌の表紙で見たことのある写真だった。
そのシェルも彼がエイリアンに誘拐された際に、宇宙に投棄されてすでにない。
赤いふきだしに黒い文字の見出しがどぎつい。
「≪≪≪タートルの生死やいかに?≫≫≫だぁ、くそったれが」
悪態をついたことでさらに気が重くなった。
受付嬢のとがめるような視線を無視してさらに記事を凝視する。
どうして死んだなんて言えるんだ。確かにハドソン上空でナパームを浴びて、衆人環視のもと大破しはしたが、それがどうしたというんだ、ちゃんと戻ってきたじゃないか。
あの悪夢のワイルドカード記念日の翌日に、旧型のシェルを引っ張り出して川沿いから、ジョーカータウン上空まで飛んで見せたじゃないか。
数千人が見ていたはずなんだ、それでまだ足りなかったというのだろうか。
強い願望が見せた集団幻覚というものから、風船の入った張子だという専門家筋の意見、果てはヴィーナスのいたずらだという論調に至るまで莫迦げた論説のオンパレードに気がめいるいっぽうだ。
「ヴィーナスだぁ!」どこの世界にフォルクスワーゲンの車体に戦車の装甲をつなぎ合わせた旧式のシェルを操るヴィーナスがいるというのだろう。
声を荒げつつめくった次のページには、川から引き上げられたシェルの破片が写されている。
キャプションはこうしめくくられている。
〔王様の馬も家来も右往左往……タートルはもうもとにはもどらない〕 
おどけた口調がほとほと癇に障ったところで呼び出しが入った。
「ミス・トレントからお伝えしたいことがございます」
ミス・トレントは短い金髪に微かな霜がおりたような頭髪、縁のとがった場違いに大きい眼鏡をかけた小柄ながら魅力的な、トムより10歳は若く見える女性で、鉄とクローム張りのデスクに腰掛けている。
「あなたさまの申し入れに対するローン審査会の審査が完了しました。なかなか優良なクレジットの履歴をお持ちのようですね」
「ええまあ」安堵する気持ちをおさえつつ腰掛ける。
「それではお貸しいただけるのですね?」
「残念ながら、ご期待には添えそうにはございません」
ミス・トレントは哀しげに微笑んでこう返した。
予想していなかったわけではないが、いかにも意外そうに尋ねてみる。
「私の信用状況のランクはどうなっているんですか?」
「確かにローンの支払いに滞りはございませんが、借り入れの多さが
審査会の懸念につながりました。収入に対する借り入れのバランスが
問題とされたのです、申し訳ございませんが、当行とはご縁がなかったと
いうことでご了承ください、他行をご利用なさることをお勧めいたします」
ここが4番目の銀行だったんだ。
壁にかかったラトガース大学の卒業証書が目に入る。
「ラトガースですね、私もラトガースにいました、中退しましたが、
それより大事なことがみつかったのでやめたのです、私は・・」
銀行家にしてはものわかりのよい部類なのかもしれない。
いっそのこと彼女に全てを話して理解を得るべきじゃないか、そんな考えが
頭をよぎったが彼女の魅力的な顔にきまずい困惑の表情をみとめてそうはしなかった。
「いや気になさらないでください」ほとほといやけがさしながら
たどった車までの道順はおそろしく長く、つらく思えてならなかった。