ワイルドカード4巻 スリランカ インドの涙適(仮)その3

一行が宿営地についたのは、日が落ちた後だった。
とはいってもテントやプレハブの建物が寄せ集まった
ような集落であって、ジャヤワルダナが予想していた
活気とは程遠いものだった。

そこでは寄り集まって会話に興じているものもあれば、
カードを愉しんでいるものもいて、警護に当たっている
人間のみが、麻酔で眠りについているかの猿が
逃げ出さないよう気を張っている。

ダンフォースはポーラに頼んでジャヤワルダナを皆に
紹介させていたが、監督のロジャー・ウィンターズは
フランク・S・ブッシュを思わせる探検帽で、薄く
なりかかった頭髪を覆い隠した冒険家らしい装いを
した男だが、撮影台本の手直しに忙しく、耳を貸す
様子はない。

ポーラはジャヤワルダナと監督から離れて、
「あまり好きになれないのじゃないかしら」と耳打ちし、
「みんなそうだと思うわ。全員かどうかはわからないけど。
あれもスケジュール通りに仕事を進めるには必要なこと
なのでしょうね。
私はむしろあなたの方が気になるんだけど、訊いて
いいかしら?結婚はなさっているの?」と言い添えられ、
「死に別れたよ」と応えると、
「ごめんなさい」そう詫びて、宿営地でも大きい部類の
小屋の、木目がむき出しになった階段に、腰掛けていた
金髪の女性を呼び寄せていた。
赤と黒で<キング・ポンゴ>を染め出したTシャツに、
ウォーキングブーツとジーンズといったいで立ちの女性
だった。
「ねぇポーラ」と金髪の女性からそう声をかけられ、
「そちらの方は?」と訊かれたポーラから、
「この娘はRobyn Simmersロビン・シマーズ、こちら
ジャヤワルダナさんよ」そう紹介されると、
ロビンは手を差し出してきて、ジャヤワルダナはその
手を取って、軽く握手を交わし、
「よろしくお願いします。ミス・シマーズ」
そう返し、首を垂れつつ、シャツに無理矢理
押し込んだ、はちきれんあかりのお腹に自分で
あきれつつも、たった二人しか見かけない
魅力的な女性二人の相手を務めることにした。
額の汗を拭いつつ、もう少し運動しておくべき
だったかと思っていると、
「そういえば、まだダンフォースと詰めておかなければ
ならない話があったのを思い出したから、私は戻るわね。
二人はここでゆっくりしていくといいわ」と言いおくと、
ポーラは二人が応えるのも待たず、戻っていった。

「ジャヤワルダナとおっしゃるの、もしかして大統領をなさっていた
Junius Jaywardene ジュニウス・ジャヤワルダナの親戚ですか?」
「いいや、ありふれた名だからね。
ところでこの国はお気に召しましたか?」
ジャヤワルダナはそう訊いて、妙に生ぬるい居心地の悪さを
感じながらも、ロビンの隣に腰を下ろした。
「まだ数日しかいないけれど、綺麗な国だと思いますよ。
ただ私の感覚からすると、ちょっと熱いようには思うわね。
ノースダコタ出身にとっては、ということですけどね」
ジャヤワルダナは頷いて返して、
「ビーチに山、ジャングルの都市、見物は色々あるけれど、
幸い寒さとだけは無縁のようだね」
そこでしばらく沈黙が訪れたが、
「率直に訊くけれど……」とロビンはそう言い置いて、
「あなたの国の政府は、あなたを私達に張り付かせて、
一体何を探ろうとしているのかしら?」と言い出した。
「一応外交官ということになるかな。この国に来た人々を愉しませる、
とか少なくとも居心地悪くはならないようにするのが仕事、といった
ところかな……」と応えると、
「なるほど、一応は頷けるわね。親切にされて悪い気はしないもの」
とロビンは返してから、木の影を指差して、
「危険な生き物はいるみたいね、気づいていたかしら?」と訊かれ、
ジャヤワルダナは肩を竦めて、
コブラだな。確かにいるね。Uffdaウッダ(やれやれ)。
あーいった生き物はノースダコタにはいないのかな?」と返すと、
「大体の生き物は大丈夫だけれど、蛇だけはは駄目なのよね……」
ロビンは身震いする仕草をして、そう応え、露骨に嫌な顔を
して見せた。
「ここでは生態系に調和がとれてると思っていたけど、やっぱり
退屈だったかな?」と訊き返すと、
「いえ、別にそういうことじゃないの、あなたはロジャーとか、
他の撮影クルーよりは面白い人よ。
ところであなたはいつまで一緒にいられるのかしら?
この映画会社と、ということだけれど……」
「ずっと一緒にいるよ、ただ明日から数日はコロンボに戻るかな。
君の国からタキオンとかいう宇宙人と、そのお仲間がやってきて、
この国におけるウィルスの影響を調査に来るそうだから……」
そう思い出して、妙に背筋が寒くなるのを感じていると、
「あら、お忙しいのね」そう言って顔を上げたロビンを、
梢を通して揺れる光がぼんやりと照らしていた。
「少し寝てくるわ、あなたもそうしたらどうかしら?
ポーラがいれば心配ないわ。おそらくダンフォースに
したところで、あの人がいなければ、映画なんて創って
られないでしょうね」
ジャヤワルダナはそう言って離れていくロビンを見つめながら、
しばし忘れていた感情が蘇るのを感じていて、その感情を
振り払うように腰を上げ、ポーラの行った方向に向かっていた

明日は頭をしっかりさせておく必要があるから、ちゃんと
寝ておかねばならないことは理屈の上ではわかっていた。

それでも簡単に眠れはしないのは、夢を見るのが恐ろしく、
その恐怖から目を逸らしたいということを、
認めたくはないのだろうな、
と漠然とそう考えていたのだ。