ワイルドカード6巻 その34

        メリンダ・M・スノッドグラス
          1988年7月19日
             午後6時
 
「私の育った場所では、招かれてもいない人間が当然のように席について
いるなんてことはありませんでしたよ」
タキオンは7回目のpink Slip解雇通知から目をそむけつつポケットにしまいこんだ・・
すべてハイラムが寄越したものだった・・・
そしてそれをポケットにしまいこみながら何でもないように応じた・・・
「あなたの育った場所というのでしたら・・
私もそこにいたのですよ・・
認めたくはないかもしれませんが・・
あなたは私が差し出したキャンディに・・
回らない呂律のまま習ったばかりの言葉で『tank-oo(ありやと)』と礼を
言っていたのを聞いていたものでした」
そこでフルールの茶色い瞳に燃え盛った怒りの感情の鋭さに、タキオンはみじろぎしてつい身をかばうようにしていると・・・
「一人にしてくださりませんか?」という声が返ってきた。
「それはできない相談です」と応えると・・・
「なぜですか?」
とフルールは苦悶の強さを示すように指をくんで揉みしだく
ようにしつつ言葉を漏らした・・
「なぜ私を苦しめるのですか?
母を殺しただけではあきたらないと?」
「真理の名にかけて、
私とあなたの父親は責めをおうべきでしょうね・・
あの人の心を破壊したのは私ですが、あの人の入れられた療養所に、私が共に行けたならば・・
壊れた精神の欠片をつなぎあわせることも可能だったかもしれないのですから・・・」
「ならば死んでよかったというべきでしょうね、もしそうなればあなた専用の娼婦にされて
いたでしょうから・・」
「あなたの母親は娼婦ではありません、それはあの方のみならず、あなた自身をも貶める
物言いです、そんな風に考えるべきではありませんよ」
「何が違うというのですか?私はあの人を覚えていないのですから、なんとでも言えるじゃ
ありませんか・・」
「私が子供たちのもとから連れだしたわけではありませんよ」
「実家に戻ることもできたのではありませんか」
「あの人は私を選んだのです」
「それを信じろと・・」
「これからの私を見ていただきたいのです、それではいけませんか?」
それは思わず口をついて出た言葉であったが、それを愚かな行為と後悔して下
唇に指をあててごまかそうとしたがもはや手遅れだった・・・
とりかえしなどつこうはずもない、そう遅すぎた・・・
40年も過ぎてしまったのだから
フルールが怒れる女神もかくやという憤怒の表情で立ち上がり・・・
その爪でタキオンの下唇を切り裂いていたのだ・・・
銅味を帯びた血の味が・・きまりのわるさそのもののように感じられ・・
ポンパノの店内から全ての音が消え去ったように思えて・・
その静寂が肌を震わせるようにすら思いながらも・・
ハイヒールの立てるコツコツした音のみが遠ざかっていくのを感じていると・・
突然レストランの騒音が蘇って・・頭にがんがん鳴り響いてならない・・
そっと指を二本上げ、それを額にあて集中するよう努めていると・・・
カップの傍に布巾が残されているのに気付いて・・・
そっと顔に押し当てていた・・・
そのわずかな残り香は・・・
かすかなあの人の名残を思わせて・・
そのやるせなさに・・・
・・・うちのめされながら・・・