ワイルドカード4巻 スリランカ インドの涙適(仮)その4

目を覚ますべく、血が出るほど右腕を噛みはしたが、
呼吸は乱れ、寝間着をぐっしょり汗で湿らせて、
世界が震え、焦点を結び始めた。
さらなるヴィジョンだ。
そうして意識が未来へ攫われていく、
祈ろうと瞑想しようと関係なく、それは起こる。
ささやかな慰めはといえば、彼の者について
ではないということ。
直接には係わりないということか。

ズボンと靴を履いて、テントの入り口を開き、
外に出ると、ジャヤワルダナは音をたてないようにして、
猿が繋がれている荷台のところに歩いて行った。

そこでは二人の男が警備についていて、一人は荷台に
寄り掛かり、もう一人は泥に塗れた巨大なタイヤの
横に腰を下ろしていて、どちらもライフルを持ち、
煙草を吸っているようだった。

二人は穏やかに何か話していたようだったが、
「どうなさいました?」ジャヤワルダナが
近付いていくと、そう声をかけてきた。
荷台に寄り掛かっている方の男だった。
「猿を見に来た」
「こんな遅くにですか?」
「眠れなくてね……それと明日コロンボに戻る前に
見ておこうと思ったんだ……」
そう言葉を交わし、モンスターの隣に立つと、
「最初に現れたのはいつだったかな?」と問いかけると、
「65年のニューヨーク大停電*のときだったそうですよ」
と座っていた方の男が答えてくれて、
「マンハッタンのど真ん中に、どこからとも知れず
現れたそうです。ワイルドカードによる何らかの
影響によって出現した、とまことしやかに言う
ものもあるようですね」
ジャヤワルダナは頷いて返し、
「反対側に回ってみようかな、あいつの顔を見てみたい」
「構いませんが、口の中に頭を突っ込むことだけはやめて
おいてくださいね」
そう言って、煙草を地面に投げ捨てた守衛を尻目に、
靴でその吸殻をもみ消してから、反対に回ると、
猿の呼吸を熱く生々しく感じはしたが、別に
獣臭のようなものは感じなかった。
ジャヤワルダナは待っていた。猿の瞳がまた
開かれるのじゃないかと期待していたのだ。
ヴィジョンに告げられた事柄を想い、
それが外れることを願っていたが、今まで
ヴィジョンに間違いがあることはなかったのだ。
とはいえもしその内容を漏らし、それが外れる
ことにでもなれば、己の評判も地に落ちるに違いない。
そうならなくとも、どうしてそんなことがわかったと
詰問されることになって、この尋常ならざる能力を
明らかにせねばならなくなるだろう。
わずかな時間で簡単に答えが出せる問題ではないのだ。

猿の目は閉じたままで、
いつもよりジャングルが遠く感じられ、静かだ。
おそらく動物達も、キャンプからは距離をとっているに
違いない。
動物達ならば、猿に感じるものがあるのではなかろうか。
何か違和感のようなものがあるのではなかろうか。
そう願いつつ、腕時計を見てみると、数時間で夜が
明ける時間になっていた。
朝になったら最初にダンフォースに言いおいて、
コロンボに戻ることにしよう。
それにタキオンという名のドクターは奇跡を
起こせると伝え聞いている。
猿に変異をもたらさねばなるまい。
ヴィジョンは明白にそのことを告げているでは
ないか。
この異星人の協力がなければ、この巡礼は
うまくいくまい。

千路に乱れた物思いに耽りつつ、ジャヤワルダナは
テントに戻り、残り数時間は仏陀に対する祈りに
捧げることにした。そうして己に言い聞かせていた。
わずかばかりの啓発が、
得られるかもしれないからと……



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