「手繰られしものたち」 その11

          手繰られしものたち
                 ヴィクター・ミラン

「ヘル・ドクトル」タキオンは自然と鼻の脇をこすっていた、苛立ちが高まっているのだ。
もう二時間もつき合わされている。
そうして外部の情報も一切摑めていない・・これでは何もしていないに等しいではないか・・
連中と一緒にいることで、連中自体がくつろげて安心できるのだろう・・・
「ヘル・ニューマン」隣に腰を下ろしている連邦刑事局から来た男に話しかけた。
その手の煙草には、まだ火がつけられていないにも係わらず、室内に濃霧のごとき紫煙
たちこめていて、室内を漂い続けている・・・
「あなたの見解をお聞かせ願いたい」
タキオンはマゼンタ色の眉をつり上げずにはいられなかった。
このドイツ人たちは、ハートマンの不在時にツアーのリーダーと目されているタキオンを一人にしておきたいのだとはもはや理解できている。
彼らは本来医者も外国人も踏みつけはしても気を使うなどありはしない・・
それがどうだ、この対策本部を囲んでいる人々、そして警官たちは、タキオンに対し、その権威に対し敬意を持って接しているではないか、もちろん無視する向きもありはするのだが・・・
軽いあざけりをこめて手をひらひらさせながら答えた「何なりと・・」
その言葉にニューマンは率直な関心を示している・・・
少なくとも知性の萌芽というものは感じられる男だ、
もちろんそんな微かなものなどタクの関心を引くものでありえはしなかったのだが・・・
「ここ数時間で、あなたのお仲間の一部が、ハートマン上院議員の解放交渉のための資金を募り始めたのはご存知ですかな・・」
「いいや」
そこでニューマンはさぞ含みがあろうというふうに、妖しく光る黄色い瞳を伏せながら、ゆっくりと頷いて話し始めた。
「あなたがたの、政府の方針とは反する動きではありませんかな」
「私の政府ではありませんから・・」ニューマンが頭をたれて答えた。
アメリカ合衆国政府のですな、テロリストとは交渉しない、というものです、言うまでもなきことながら、ツアー参加者に対してはアメリカからの通貨引き出しに対して制限がかけられていますから、充分な額を引き出すことは適わない、それにアメリカ政府も関係者たちの資産を個別に凍結して妨害を図っているのが実情です・・・」
タキオンは頬が上気するのを感じながら呟いていた「そんな姑息な真似まで・・」
ニューマンが肩をすくめて応じた。
「私は、あなたにどのような目論見があるかを知りたいのです」
「なぜ私なのだね・・」
「あなたはジョーカー対策の権威と目されています、もちろんそれがゆえに我が国においてもあなたの存在には敬意が払われているからです・・」
そこで丸まったベルリンの地図の乗った机の角で、煙草をとんとんと叩きながら続けた。
「そういえば、あなたは誘拐というものが珍しくもないところから来られたのでした、そうではありませんでしたかな・・」
たしかに私の星ではそういった文化風土がありはするが、それを知る地球人はわずかなはずだが・・・タキオンはついまじまじとニューマンに見定めるような視線を向けてしまった。
「もちろん、RAFのような連中のいる国から、ということですが・・・」
Rote Armee Fractionは、世界を革命すべく中産階級の若者によって構成されたグループです、ですから資本主義においては、利潤の大小によってものごとが決められている面は否定できませんが、彼らにそれは期待できそうにありません・・・」
「ですがJJSならばどうでしょうか」
それはセイラ・モーゲンスターンの声だった。
秘書の一人が手振りで、会話に割り込もうとするセイラを静止しようと試みたが、結局はセイラの視線に気おされてそれは適いはしなかった。
ニューマンは不機嫌を顕わにしながらも何も言わず、タキオンもとりあわなかったため、そこで立ち消えとなった・・・
「フラウ・モーゲンスターン、お話しのつづきをうかがわせていただけませんかな・・」
「ジョーカー公正社会同盟の構成員は貧しいものたちばかりです、それは請合えます・・」
「彼らなら買収ができると?」
「断言はしかねますが、彼らなら交渉の余地もあるでしょうが、RAFではそれすら適いはしないでしょう・・」その言葉は彼らの関心を捉えたようだった。
「たしかに彼らには中東のエースの身柄などはどうでもいい話だろうし・・ジョーカーの利益のみしか考えていないからRAFの連中より御しやすいというわけだ」
だとしてもジェットボーイの霊廟を取り壊して、悩みの種であるジョーカーたちのためのホスピスをつくるというのはどうだろうか・・・
ニューヨーク市民にとっては記念碑かもしれないが、個人的には忘れがたい過ちを思い出させるものでもある、だとしてもそれがホスピスになるというのはタキオンにとっては到底看過できる話ではなかった・・・
私のクリニックもあるというのに、やはり私が許せないのだろうか・・・
その考えを察してか、ニューマンが声をかけてきた。
「承服できかねますかな、ヘル・ドクトル」
それは柔らかい口調であった。
「いやいや、そうではありませんが、しかしギムリはですな・・」
そこで拳を叩いてからから、人差し指を延ばして答えた。
「たしかにトム・ミラー(ギムリ)ならばジョーカーのためといえば関心を示すでしょう、誘惑のしがいもあるというものです・・」
セイラが頷いて言葉を引き取って続けた。
「それでもやりかたというものは選ばなければならないでしょうね、ヘル・ニューマン、なにしろレーガン大統領は、上院議員奪還のための交渉すらも拒む意向なのですから・・」
その言葉には、苦いものがこめられているが、タキオンには混乱をも感じられた。
かつては強い感情、といった張り詰めたものが感じられたものであったが、今はグレッグを案じるあまり、まいっているということだろうか・・・おそらく落ち着こうと努力し続けているということか・・・
ニューマンは黙ってその話に耳を傾けている、
行方の知れない上院議員にむけられているセイラの情熱というものに気づいているのかもしれない、タキオンはふとそう考えたが、紫煙の向こうにかすかにうかがえる、赤く縁の充血したその黄色い瞳からは何も読み取れはしなかった・・
「あなたがたの大統領の決断は尊重されなければならない」それは穏やかに思える口調ですらあった。
「それでも我々の政府がとるべき方針に対しては口ぞえすることもできるでしょう、それは私自身の責務といえます・・これは我々ドイツの問題でもあるわけですからね・・」
タキオンには、その言葉は妙に思いがけなく、かつ不穏に響いたのであった・・・