ワイルドカード7巻 7月25日 午前10時

      ジョン・J・ミラー

        午前10時


空港は疲れ切った代議員達が帰路につく姿で
ごった返していて、ある種の人々にとって、
それは忘れえぬ瞬間だったのかもしれないが、
ブレナンには係わりのない話だ。
目を覚ましたジェニファーと共に、小型の
猫運搬ケースやらを抱えたり、赤い目をして
「水、水」などと言って騒いでいる人々の間を
揉まれるようになりながら縫って進み、ようやく
人ごみを抜けたが、それだけのことで何の感慨も
ない。
悪夢のような事件の数々で精神の一部が麻痺して
いるということだろうか。
もちろんクリサリスが死んだことで己を責める
いわれなどないことはわかっているものの、
そのことでは罪の意識を感じ続けている。
そういえばタキオンが弔辞で言っていたでは
ないか。
少しニュアンスは違うが、クリサリスの遺志と
いうものは、もはや本人の遺志を離れ、残された
者達、一人一人の遺志に寄り添って生きているのだと。
それこそがクリサリスの亡霊と呼ぶべきものという
ことになる。
だとすればもはやそれを追いかけるのは己自身の
妄執に過ぎず、そこから離れることで、ようやく
あの人の魂は安息を得るのではなかろうか。
そんなことを思いながらも、ダウンタウン
タクシーを拾い、途中質屋に寄ることにした。
銃を買うためだ。
ワルサーPPK自動小銃を自分の分として、スミス・
アンド・ウェッソンの38口径チーフスペシャルを
ジェニファーの分として購入し、現金で支払い店を
出た。
もちろん店主は心得たもので、何も訊き返しは
しなかった。