ワイルドカード7巻 7月20日 午前9時

        ジョン・J・ミラー
        1988年7月20日
          午前9時


ブレナンは目を覚ましたが、ジェニファーはその横で
寝乱れたまま目を覚ましていない。
そしてブレナンはというと、まったく寝ていないかの
ように疲れが取れておらず、オーディティと闘った
後遺症として背中と肩がうずくように痛み、加齢と共に
回復が遅くなっているのではあるまいか、それとも
都市での暮らしで身体がなまっていたということだろうか、
などと考え、ベッドの端に腰を掛け、すりきれた安ホテルの
カーペットに脚を投げ出しつつも、こんなところで弱音を
吐いている場合ではあるまい、と己に言い聞かせた。
実際クリサリスを殺した人間の手がかりもつかめていない
以上ここで手をひくわけにもいくまいが。
それに目下のところエルモが容疑者としてあげられている
ものの、警察の見解にすぎず、信用できないというのが
ブレナンの考えだ。
アクロイドも真相解明に乗り出してはいるようだが、
ブレナンとしてはこの件を人任せにする気など毛頭ない。
そこで肩をなぞる冷たい感触に後ろを見やると、ジェニファーが
目を覚ましていて、そうしてブレナンを見つめ、背中を労わるように
擦っていて、汗に濡れた髪の感触と、小ぶりな胸と肋骨が
当たるのをブレナンは感じていた。
葬儀社に行くときも一緒にこようとしてくれたが、一人で行くと
断ったこともあって、ホテルに戻ると眠っていたから、起こさない
よう気を配った経緯があったのだ。
「背中はまだ痛むの?」そう掛けられた言葉に、
申し訳程度に肩を竦めてみせ、表情を曇らせながらも、
「痛むが、耐えられない程ではない、そっちは?」
そう言葉を向けると、
「痛むわよ」ジェニファーはそう応え、
「でも耐えようと努めているところ……」
そう言葉を継いでからブレナンから離れ、ベッドに倒れこみ、
「会いたかった」ブレナンがそう告げると、
「私もよ」ジェニファーもそう応え、
「見つけ出すのに随分かかって、その間に色々考えることも
できたわね」
「そうか」ブレナンがそう返すと、
ジェニファーは頷いて概ね満足したといった顔をして、
「それでクリサリスは見つかったの?本当に死んでいたわけ?」
そう向けられた言葉にブレナンが表情を曇らせつつ、
「棺には納められていた、それは間違いない」
「それじゃ私が聞いたあの声は誰のものだったのかしら?
偽物、それともお化けかしら?」
「そんなところか……」
ブレナンがそうして言い淀んでいると、
「それでこれからどうするのかしら?」ジェニファーは
優しく肩に手を置いて、そう言葉を向けてきた。
そのジェニファーを見下ろすように視線を向け、
「午後には葬儀がある、出るべきだろう」
そう言葉を返すと、ジェニファーは再び頷いて、
「それじゃまだ時間はあるわね?」
「まだとは?」そう応えると同時にジェニファーに
手を引かれ、その上に倒れこむことになった。
強い熱のこめられた潤んだ瞳を見つめ、その舌の
とろけるような甘さを味わいながら。