ワイルドカード4巻「ザヴィア・デズモンドの日誌」Ⅷその2前編

ザヴィア・デズモンドの日誌
             G・R・R・マーティン

            2月12日 カルカッタ

インドという名は世界に名高く、この旅においても不思議な響きをもって届いて
きます・・・
確かにインドは国として呼ばれてはいますが、正確には百もの国家が一つの
大陸にひしめいているようなものではないでしょうか、私とてヒマラヤの山々に、
ムガル人の神殿、カルカッタのスラムにベンガルのジャングルが一つのイメージで
結びついてはこないのですから・・・
インドには様々な顔があります・・・
英国統治下のインドの小さなRajラージ(飛び地)を、いまだ支配している
Viceroyヴァイスロイ(総督)のふりをしようとしている年老いた英国人たちから、
名のみの王であるMaharajaマハラジャ(大王)やNarabナワーブ(太守)といった
様々な顔、そして大都市であるはずのカルカッタの薄汚れた路上には物乞いを
する人々の顔まである、じつに様々です・・・
そしてその路上の至るところでジョーカーの姿を見ることでしょう。
彼らは物乞いに裸の子供たち、無造作に横たわる死体同様にありふれた
存在なのです。
ヒンズーのQuasi-nation擬似国家という体裁でありながら、ムスリム
シーク教徒もいて、ジョーカーたちの多くがヒンズー教徒として認められて
はいます。
イスラムの彼らに対する態度を思うと驚くべきことながら、単に新しいカースト
(身分)が加えられたにすぎないとはいえ、少なくとも生きることは許されている
のですからましというものなのでしょう・・・
そして実に興味深いことながら、インドにはジョーカータウンはありはしませんが、
その文化というものは人種や民族といった土壌によって厳しく隔てられており、
その根底には深く淀んだ敵意というものが流れているのです・・・
それはワイルドカードが投下されたと同じ1947年にカルカッタでの暴動と国
自体の分断(ヒンズー教徒のインドとイスラム教徒のパキスタンに分割された)が
起こったことでも明らかで、今日に、路上においてヒンズー教徒とムスリム
シーク教徒が隣り合わせに生活しているのを目にすることができても、スラム(分断)は
隠されているだけで存在し、そこではジョーカーとナット(常人)が身を寄せ合うこと
はあろうと、悲しむべきことに、けして互いを愛し合うことはありはしないのです・・・
またインドには天然のエースがいるとも囁かれています、中には実際に能力を発揮
したものもいるとして、ディガーなどは、何人かに同意をとりつけて、インタビュー
をしようと奔走していました・・・

ラーダ・オ・ラィリー(通称エレファントガール、空飛ぶインド象に変身する能力
を持つ)はもともとインド出身ながら、あまり居心地よさげに見えはしません、
母親はインドの人ながら、父親はアイルランドの冒険家だったとのことで、
ガネーシャという象の頭をした神とカーリという暗黒神を祀るヒンズー寺院が
近くにあって、ガネーシャに花嫁、といいますか、そのようなものとして捧げ
られかけたことがあり、常に誘拐の危険に晒され、故郷に戻されることを恐れて
すらいます。
そのため、ニューデリーボンベイでは公式な歓迎会にのみ参加して、それ以外
ではカーニフェックスとレディ・ブラックといった護衛団の近くに部屋をとって
そこに引きこもっていました、一刻も早くインドを離れたいに違いありません。

タキオンペレグリンミストラルにファンタシー、トロールにハーレム・ハマーが
虎狩から戻ってきました。

そこでインドのエースに会ったとのことでした、その男はミダス王の再来といわれる
手を持つマハラジャで、触れたものを黄金に変えることができたというのです。
実際にはその効果は24時間しか持たず、元に戻ってしまいます・・・
そしてその能力を生物に用いた場合は、その変化に耐えられず死をもたらしてしまう
のですが、彼の神殿では特別な儀式があり、使用人たちがその力の餌食にされている、
とも囁かれているのです・・・
タキオンはというとシリア以来塞ぎこんでいましたが、この遠出から戻ってきたときには
黄金のネルージャケットを身につけ、頭にはターバンを巻き、そこには私の親指ほども
あるルビーが飾られていて、だいぶ気分がよくなっているようでした・・・
マハラジャが気前の良い男で相当の振る舞いを受けたのでしょう・・・
実際そのジャケットとターバンを身につけていたのが数時間であり、すぐに普段の服装に
着替えはしましたが、光の中のできごとのような活況を呈した狩りに、煌びやかな宮殿、
そしてマハラジャのハーレムは、実際タキスにはもはや狩りという習慣はなりを潜めている
タキオン本人は言っていましたが、彼がイルカザムの王子として育った故郷の日々の営み
のみならず、その快楽をも思い出させたのではないでしょうか・・
人食いの虎が追い詰められ、マハラジャが片手の手袋を用心深く外しながら近づいて、
そっと触れることでその大型の獣を黄金に変えてしまったのだとか・・・
そうして虎と黄金に人々が興じているなか、私はジャック・ブローンと同行することに
なり、ともにささやかな時間を過ごすことになりました。
ジャックも虎狩に誘われてはいましたが、断ってきたとのことで、私とブローンは
カルカッタを通りすぎ、マハトマ・ガンジーを暗殺から救った男、アール・サンダー
スンの記念碑に向かったのです。
その記念碑はヒンズーの神殿を思わせ、黒いアメリカ人の彫像が立つさまは、その男が
ラトガ−ズ大学でフットボールで名をはせたことのある世俗の男というよりも、インド
の神々の一人ではないかと錯覚させるほどでありました、サンダースンはインドの人々に
とって神々の一人のように思えているのかもしれません、彼の像の足元は捧げもので溢れ、
崇拝する人々でごったがえしていて、入るのに随分と待たされました。
マハトマは今でもインドの人々の崇敬を集めており、彼を暗殺しようとした凶弾の前に
立ち塞がった男が、アメリカのエースであったことなどもはや忘れ去られた、もしくは
洗い流されたようにすら思えます。
中に入ったブローンはほとんど何も語らず、それが生命を吹き返す瞬間を待つかのように、
じっと見つめていました。
慌しいものではありましたが、心地よい時間ですらありました。
私の明らかに歪んだ身体は、ヒンズー高位のカーストである人々から険しい視線を向けられ
ていましたが、そこで誰かがブローンにぶつかったようで、突然反射的に生体フォースフィ
ールドが展開され、輝きが周囲に広がったのです。
それはわずかな間ではありましたが、私は最悪の展開を想像して、すぐにそこから出るよう
ブローンを促しました。
それは過剰な配慮であったかもしれませんが、ジャック・ブローン(下院非米活動委員会で
の証言により「エースのユダ」と蔑まれている)という男の醜聞に誰かが思い至ったならば、
悲惨なことになりかねないと判断し、彼自身も沈みがちながら黙ってホテルに戻ることに
同意してくれたのです。
ガンジーは私にとって個人的崇拝の対象であり、ヒーローとも呼べます。
エース自体には複雑な感情があるとはいえ、非暴力を世界に訴える伝道師たるガンジー
救ってくれたアール・サンダースンに対する感謝の念があることは認めざるをえません。
彼が暗殺者の凶弾に倒れていたならば、世界はさらに醜いものになっていたでありましょう
し・・・
もしそんなことになれば世界規模の身内同士の流血沙汰というものが巻き起こされていた
でありましょうから・・・
そして1948年のJinnnahジンナー(パキスタンの初代総督)の死後も2つの顔(宗教国家と
軍事国家)を持つパキスタンの抵抗も強まり、All india Congress全インド(インド
パキスタン)会議派*がけちな支配者どもを追放し、その領地を吸収合併していたことでしょうし、
亜大陸再統合の道も開かれはしなかったことでしょう・・・
そうしてガンジーが夢見た、中央集権ではない、無限のパッチワークともいうべき世界が
なりたったのです、彼なしのインドの歴史などというものは想像するのも難しいといえます。
ですから少なくともフォーエーシィズという存在が、個人が世界の歴史をよりよい方向に
変えることができるということを示したことに敬意を抱いている。
ホテルへの帰路にそうブローンに話してみましたが、あまり救いにはならないながらも、
辛抱強い様子で黙ってその話を聞いていたブローンでしたが、話し終えたあとでようやく
言葉を返してくれました、「彼を救ったのはアールだ、俺じゃない」そう一言だけ答え
また沈黙に戻っていったのでした。






*実際にあるのはインド国民会議
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E5%9B%BD%E6%B0%91%E4%BC%9A%E8%AD%B0