ワイルドカード4巻内なる鏡その1

                 内なる鏡  
                メリンダ・M・スノッドグラス

4月のパリ、クリの木は輝かんばかりのピンクと白の装いで彩られ、Tuileries Garden
チュイルリー庭園の彫像の足元には、その花弁が雪のごとく降り積もり、セーヌのぬかるんだ
河水の上にも浮かぶさまは、カラフルな泡のようにすら思わせる。

4月のパリ、モンマルトCimetiereシムテイエール(墓地)の墓石の前に立つには不似
合いな不協和音、沸き起こる感情と雑多な音楽が、大気に泡のごとく漂ってくるのを
不謹慎に感じながら、意思の力で脇に追いやらなければならなかった。
タキオンは肩に感傷がのしかかるように感じながらも、スミレと百合であつらえられた
素朴なブーケを堅く握り締めると、午後の大気に包み紙のかさかさと皺のよる音が響いた
ように思えたが、Rue Norvinsノルヴァン街からSacre-Coeurサクレ・クールへ続く道で
渋滞した車の鳴らす警笛が大気を震わせてその中にかき消されてしまった。
サクレ・クール寺院のきらめく白壁にCupolasキューポラ(丸屋根)の浮かぶドームは、光と夢の
アラビアンナイトの世界から抜け出たままのようにすら思えるというのに。
            最後になったのはパリでしたね。
アールの黒檀の彫像のごとく顔を、Lenaレーナは崇拝のまなざしでみつめていて、
「ここから離れるんだ」と声をかけても、その声自体に、救いと安心がこめられているようにすら感じているようでありました。
そして落ち着いた声で「ここが一番安全なのよ」とわずかな抵抗すら示してのけた、その強さは、男すら顔負けのものであり、
それをひきだしたのはアールだったのですね。
タキオンはひざまずくと、手に持った花弁を石畳にそっと預けて、さらに想いを走らせた。
          アール・サンダースンJr     
           ノワール・エグル”                
             Black Eagleのフランス語読み
              1919−1974

かなり長く苦しかったことでしょう、友よ、そうじゃなかったでしょうか、あの騒々しい活動家とやら
いう連中があなたをいいように使い回したのですから、たとえアルゼンチンに自由の風を吹かせ、
スペインを開放し、ガンジーを救った栄光に包まれたとしても、1950年に永眠されるまでは・・
さぞや忙しなかったことでしょうね。
墓石にブーケを添えると、一迅の風が白い百合をベルのごとく揺らし、そのさまは若い女性が、
墓石に口付けするさまを思い起こさせる。
そう眠る前のブライズの口付けのように・・・・・・
            最後になったのはやはりパリでしたね。*
あれは凍えた吹きさらしの12月で、Neuillyヌイイの公園でしたね。
ブライズ・ヴァン・レンスラー、またの名をブレーン・トラスト、あなたが眠りについたのがつい昨日のことのように思えてなりません・・・
そこで不甲斐なく膝をついていたままであることに気づき、威厳を正すようにズボンについた埃をハンカチではらいつつも、けして埋めることも振り払うこともできないものがあることはわかっている、
それが容赦なく己を打ち据えているのだ、過去という名の重石となって・・・・・・
薔薇とグラジオラスにリボンの囲いをつけた、大きく手の込んだ花冠が石版にまたがるようにかけられ、死せるヒーローの栄光を彩るかのようだ。
タキオンは恥辱の花冠を首にぶらさげつつも、脆弱な花弁を踏みしめ、震える己の脚で歩みはじめた。

誰もがAncestors(失われたものたち)と折り合いをつけて生きている、そうしないと過去の亡霊にとらわれてしまうから、それなのにジャック、あなただけは・・・・・・」そこにずっと、そのまま立ち尽くしてきたのでしょうね
タキオンは己の心に宿る鏡がその光景を映し出したように思え、地獄のそれを連想しかけたが、それ以上考えないことにした、
なぜならその鏡は、いつか己自身をうつしてしまっ・・・・・・
思えてしまったのだ。