ワールドカード5巻「不滅ならざるもの」その5

                   不滅ならざるもの   
                   ウォルター・ジョン・ウィリアムス  

「それでもうけはあったというのかね?フードプロセッサー君」マクシム・トラヴセニクは、モジュラーマン
を組みなおした際に書き上げたメモが積みあがった堆積の上に腰掛け言い放った。
「明日は特許局に行ってもらわなくちゃならん、書面を交わすんだ、
くそ、脚がかゆくてたまらん」そう話しつつ、左の足で右のふくらはぎを掻き始めた。
「明日はペルグリンズ・パーチに出るつもりでした、戻ってきたことをアピールするには、彼女の番組は
お誂え向けといえるでしょうが・・・」
「そういや妊娠しとったそうだの、あの売女は。大騒ぎじゃったがな、知っとったかの」
こういう驚きなら大歓迎だが、次はどんな驚きが自分を待ち受けているのだろうか、
もはやフランスがフレドニアと改名して、アジアの一部になっていたところで驚きもすまいが・・
「まぁあのバストを拝むだけでも悪くはあるまいて、まさに驚異だからな」
「では一っ飛びして、プロデューサーに会ってきましょう」
Bosonicソニック・ストリング(超弦理論)だ」メモを手にしながら、それに目をやらず博士は突然話し始めた。
「第N次元に対し1マイナスということは、質量のないベクトルに対し1マイナスするに等しい、すなわち
Espilonエスピロンが1と等しいということになるからだ」
瞳はどんよりと曇り、身体はのけぞるように痙攣して、いわゆるトランス状態に陥っているかのようであった。
Superstringsスーパーストリングス(超弦理論)に基づくと」と口にしさらに続けた。
「第N次元に1マイナスするということは、質量のないベクトルに1プラスするならば、エスピリオンは1マイナスになるということで・・
N回のNアンチマトリクスはともにU(N)を内包した複雑な状態にあり、ユニタリ性との潜在的衝突も・・・」
背筋に冷たい恐れとも呼ぶべきものが伝わるのをアンドロイドは感じた、己の造物主のこんな姿を見たのは初めてだったのだ。
トラヴニセクはしばらくこのモード(状態)のままであったが、突然覚醒したかのように、モジュラーマンに
向き直って尋ねた。「何を言っとったかの?」
そこで逐一繰り返してのけると、しかめっ面で聞きながら口を開いた。
「そうかOpen Stringsオープンストリングス(開かれたひも)だな、それでいい」
Ghost String Operatorゴーストストリングオペレーターは売女だからな、Sigma Subシグマ・サブ+1もしくは2については、何か言っとらんかったかの?」
「すみません」アンドロイドが謝ると
「Damn it(くそったれが)」と首を振って悪態で返してから続けた。
「物理学者であっても数学者ではないからのぉ、がんばっちゃおるが、脚が痒くなるのみじゃ」
そう答えて、簡易ベッドに飛び込んで座りこみ、靴と靴下を脱いで、脚を掻き始めた。
Fermion emission vertexフェルミ粒子放射頂点さえなんとかなれば、粒子は質量を失うから、通常のスペクトルにおけるエネルギー消費問題が解消できるのじゃが・・・」
そこで話すのをやめて脚に目をやったところで、思わず手に持った靴をとりこぼしてしまった。
皮膚の破れ目から、青い分泌液が染み出しているのを目にしてしまったのだ、そして
アンドロイドの目は驚きに見開かれた、博士が突然叫びだしたのである。