「手繰られしものたち」その31〜32

モルニヤは、手を膝に乗せ、縞模様のボルボにもたれて立っていた。
そこで深く息を吸い込むと、ベルリンの夜気に、ディーゼルの排気が
混じって違和感として感じられた。
この町自体、異邦人が一人で長く過ごす場所ではなかったのだ・・
そう己に言い聞かせながらも、他に理由があることはわかっていた。
それは恐怖の感情に他ならない・・・
いったいどうしちまったというんだ?こんなことはいままでなかった
じゃないか・・・

パニックのままにあそこを出てきてしまった。
外に出ると、カイバル峠の日の光で暖められた岩に、潮が押し寄せ蒸気を放って
いるような・・・そんな靄が頭にかかっているように感じられてならない・・・
そんな思いを抱えながら気を落ち着けようとした・・・
どうにも、戻ってウルフの悪餓鬼どもの使い走りをする気にはなれない
そういえばPapertinパペルティンが言っていたな、
あんたはやわになった、って・・・
そうした思いにとらわれていると、頭上に血管からフロンガスの噴出すような、
馴染みの混乱を思わせる感覚が感じられ、見上げると背後の二階から閃光が
走っているではないか・・・
これで全て終わる・・・
俺が姿を消したところで問題にもならない

そうして己にまた言い聞かせた。
そうとも、だからといって第三次世界大戦に発展するような問題にはなるまい
そうして歩き出すことにした、通りに出てここを離れるのだ、そうしてしだいに
脚は速さを増していった・・・もはや振り返る必要はないのだ・・・


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ハートマンは床板に視線を向けながらも、頬をはられた
際の痛みに意識を集中させていた・・・
椅子を倒して、抜け出す算段を整えていたのだ・・・
また最悪の事態に陥るのではないだろうか
そう考えずにはいられなかった、
あの小僧が周りに気を配るとは思えない、ただ殺しまくるに違いない・・・
それでは76年と同じになるのではないか・・・

鼻腔に、血と肉が振動でこげるような匂いが感じられ、
生き残ったテロリスト二人がつまづき叫びながらとまどっているのが感じられる。
ウルリッヒのぜいぜい言うあえぎ声も聞こえたが、こいつは虫の息というところだろう、
生命が引き潮のように薄れていくのが感じられる、
もはや生者とみなす必要はないだろう・・・
「やつはどこだ?どこに行ったというんだ?」ウルフが叫んでいる。
「壁を通り抜けている・・」アネッケが応じるかたちになった・・
それは過呼吸を思わせる、激しい息とともに吐き出された言葉だった。
「なら用心するしかないか、Oh,Holy Jesus(ああなんてことだ)」

三方の壁に銃を向けながらも、辺りには処刑場を思わせる恐怖が充満しており、
図らずハートマンもそれにつき合わされている、そうしてまた一人、
誰かが金きり声をあげ、そうして息絶えるのだ・・・