「零の刻」その8

ロッポンギ界隈のバーはあらかた周り、目ぼしいところは二度当たりはしてはみた・・・
少なくともそうすべきように思えたわけだが、
もちろんハイラムもそうしていたであろうし、別の界隈である可能性も拭いきれない。
だとするならば完全な徒労となるわけだが・・・
午前4時に至り、さすがのフォーチュネイトの根気も尽き、家路につくことにしたところだった・・・
窓のない壁面に面した入り口が目に付いた。
ロッポンギ大通りに面したラブホテルであろう、この時間だと高くつく、深夜を過ぎればいかほどだか安くはなるのだろうが・・・
ともあれフォーチュネイトは暗い庭園に入り込んで、壁の隙間にお金を挿しいれると、手が出てきて鍵を手渡した・・・
中に入ると、ホールにはSize-ten10号の外国の靴やら小さなZori草履やら人形のものを思わせるスパイクのついたヒールやらが並べられている・・・
フォーチュネイトが部屋に入ると、背後でドアが閉じロックされた。
ベッドは清潔なサテンのシーツで覆われており、天井には鏡とヴィデオカメラ、そしてコーナーは巨大なTVスクリーンで占められている、ラブホテルというものは大概柔らかい色調で包まれているものだが、どこかジャングルや砂漠に覆われた孤島を思わせる、音響効果付でスポットライトに照らされたベッドが、ボートや車、ヘリのように浮かび上がって感じられる・・・
明かりを消して、服を脱ぎ捨て、辺りに耳を澄ますと、甲高い声に小さな叫び、抑えた笑い声に満ちている・・・
そこで枕を頭の下に置き、闇の中目をあけたまま見つめていると・・・
75歳の老人になったように思われてきた、20年もの間、力の繭に包まれて、年老いたことに気づかなかったとでもいうのだろうか・・・
そうしてここ6ヶ月の間は、失ったものの多くに想いをはせ始めていて、こんな長い夜を何度も重ね、疲労を募らせていたのだ・・・
朝になると、間接がひどく痛み始め、起き上がることも適わない、
頭からは大事な記憶が零れ落ちて消え始め、些細なことばかりが執拗に思い返されてくる・・・それは次第に頭痛を伴い、胃はずきずき痛み、
筋肉がこむら返りを起こしたように痛み出し、人であるということを、
ただの人間であるということを、弱さとともに思い知らせてくれる・・・
何も力の代わりにはならなかった、大麻もビールもさほど変わりはしなかったのだ・・・
そんな夜は、ギンザやシンジュクの街を行きかう美しい女性の間をふらふらと際限なくさまよった・・・
そういったミズショウバイの女たちを相手にしても力が戻りはしなかった・・・
それは中毒のようにも思え、一〜二日耐えることはできても、そうするとあのニューヨークでの最後の闘いに意識が引き戻されていく、天門学者との闘いの際の、力が痛みとともに思い起こされてくる・・・
そしてもはや力などないということを思い知らされる・・・
そうだ、偉大なるクンダリーニの蛇は死に絶えた、いや眠りについてしまっているのだ、と己に言い聞かせながら・・・
そうして無力感に苛まれながら、真実を語らないもの、無視を決め込むもの、そうした侮辱が彼自身に己の姿を悟らせる、彼らの目を通して、不器用にわめきたてている野蛮な巨人の姿が見えてくるにも係わらず、
その大きすぎる猿に対しても、彼らは表面上常に丁寧な態度を崩しはしない。
タントラの魔術があれば、それは変わってくるのだろうか・・・
だとしたら
明日こそは
そう己に言い聞かせてしまっている。
前に進むしかあるまい、こんな夜を繰り返すならば、取り戻す他はあるまい、試す価値くらいはあるだろう・・・
そう思い至り、ようやく目を閉じて、眠りに落ちたのであった・・・