ワイルドカード7巻その14

       ジョン・J・ミラー

         午後11時


チッカディーはバワリーの中心に位置し、
その外装は質素で味気ない石灰が
用いられているのみで、
看板もなければ、店らしい天蓋もなく、
その存在を示すドアマンすら置いていない。
チッカディーは宣伝の必要のない、
口コミのみの店なのだ。
ブレナンは何も持たずに踏み段を上っている。
弓矢はレンタルボックスに預けてきた。
待合室には雄ゴリラを思わせるサイズの筋肉質な
ジョーカーがいて睨みをきかせてきて、
顔をよせてジーンズやTシャツの匂いを嗅ごうと
したが、
あまり待たされずにすみ、
中からドアが開いて招き入れられた。
(チッカディーを訪れる数多の客は概ね満足し、
ここを楽園とたたえるのだろうか)
そう考えながら中に入ると、
Twelve-Finger Jake十二本指のジェイクが
Greeting Parlor軽食パーラーの隅でピアノを
弾いていて、
J(ジョーカー)-ジャズと彼が呼んでいる、
12本の指を駆使して複雑なコードで超弱拍の
ミュージックを正確に叩き出している。
椅子やソファーにいる男たちは、ほぼ三つ揃いの
高価に思えるスーツに身を包んでいて、女性と
会話に興じている。
店にいる女性たちは人種や肌の色は様々ながら、
皆一様に美しいが、
ここがジョーカータウンであるからには、
何か変わったところがあるに違いあるまい。
そこでドアの脇に立っていたブレナンに、
ナットのホステスが近づいてきた、いや
少なくともガーターベルトにパンスト、
ハイヒールに身を包んだその姿は、
ジョーカーの特徴を覆い隠していて、
ナットに見える、というべきか。
ともあれチッカディーの女性たちは
一筋縄ではいかないといえよう。
「あら、こんにちは、私はLoliローリィよ、
何か御用かしら?」
そうかけられた声に、ブレナンは頷いて応えた。
「男を一人探している」
「女なら色々いるけれどね、白い肌、黒い肌、
茶色い肌の女も、男はちょっとねぇ」
「そういうのじゃなくて、友達を探しに来たんだ」
そして口早に付け加えた。
「レージィ・ドラゴン、っていうんだが」
「あら」ローリィが頷いて、
ブレナンの腕に腕を絡めて、
ヒップを押し付けてきた。
歩くたびに、シルクに覆われたその太ももが
ブレナンにこすりつけられてくるではないか。
「それだったらマリリン・モンローのマスクを
つけたほうがいいだろうな」
何とかそう応えたブレナンにローリィが応えた。
「それもそうね」と。
十二本指のジェイクの敏捷な指の奏でるリズムと
13人の女のさざめく声に50人はいる、おそらく
男であろう声が重なって、
幻惑わせられているように感じながらも何とか
パーラーを通り過ぎて、
階段を上り、通路を進んだところに、
ブレナンと同じメイ・ウエストのマスクを被った
二人のワーウルフに警護された二枚扉で閉ざされた
部屋があって、
ワーウルフの一人が声をかけてきた。
「何だ?」
それにブレナンは頷いて応えて、
「安心してくれ、ドラゴンに用事があるんだ」
と言葉を継ぐと、
「あんた一人でか、どうなんだ」
ブレナンは肩を竦めて応えた。
「俺はどちらでも構わんが」と応えると。
ワーウルフがぶつぶつ言っていたが脇にどいて、
ブレナンとローリィは中に入れた。
中には大きな部屋が広がっている。
内装は想像通りの豪華なもので、
壁の半分は金と銀のペイズリー柄の壁紙が
張られていて、残り半分は鏡張りになって
いて、
実際よりも室内を広く見せている。
ふかふかの長椅子に、ずんぐりした
クッションが載っていいて、
店中に散らばっている長椅子は店の女や、
壁同様に洗練されたスーツに身を包んだ
男達で全て占められていて、
その一つには物憂い表情の裸の女性が
横たわっており、
女性の身体、豊満な胸、つややかな脚、太ももの
間のつなぎ目、そして長椅子には、コカインと
思しき粉がラインを描いていて、
男達が群がり、鼻を鳴らしている。
他にはトレイを持った女性もいるが、
そのトレイの上には飲み物と、
粉や錠剤の入った小さな銀色のボウルが
載せられているではないか。
そこでローリィが、
「また後でね」と言いおいて
すぅっと放れていった。
レージィ・ドラゴンは店の隅に掛けていて、
茎の長いグラスを持ってちびちびやっていて、
ブレナンが見ていると、
綿毛に被われた細身の黒い女から白い粉を
薦められても断っている。
「何の用だ?」そして近づいてきたブレナンに
そう声を掛けてきた。
ドラゴンは若い、東洋系の小柄でありながら
良く搾られた身体の男で、
紙を折って動物を作り、
それを生きているように操る能力をもった
エースだが、
面白くもない、といった面持ちを崩さない。
「あんたはやらないのか?」
ブレナンの言葉に肩をいからせて、
立ち上がりかけたが、
椅子に戻り腰を落ち着けて尋ね返した。
「こんなところで何をやっているんだ、
カウボーイ」と。
それはブレナンがかつてフィストに潜入
していたときに使った名だった。
ブレナンは肩を竦め応えた。
「愉しいパーティーのようだな。
お開きになってないのが残念だが」
そうしてドラゴンに視線を据え訊ねた。
「どうなってるんだ」
ドラゴンはたっぷりと間をおいてから応えた。
あいつだよ」視線で、背が高く痩せぎすの
やつれたと言った感じの、
白いリネンのズボンにジャケットとシャツを
合わせた装いの男を示して続けた。
Quinn the Eskimoクイン・ザ・エスキモー、
本名はトーマス・クインシーで、シャドー・
フィストの科学部門のトップだ。
特殊な効果を及ぼす合成麻薬の開発を専門に
している男だ」
「新製品を試したか?」
そうブレナンが訊ねると、
ローリィがクインの傍にいき、彼と話しているのも
ブレナンの視界に入ってきた。
クインは微笑んで、
青い粉の入った小瓶を渡していて、
ローリィはそれを吸い込んで、
胸を揉みしだき始め、
粉同様の青い色に変わっていったではないか、
クインとその周りの男達はそれを見て微笑んでいたが、
その内の一人がクィンに促され、ローリィの胸に吸い付くと、
ローリィは目を閉じて壁にもたれ、
達したようだった、強烈なオルガズムに、
「何が起こったんだ?」そうブレナンが訊ねると。
ドラゴンは肩をすくめて応えた。
「新製品のデモンストレーションといったところだろうさ。
客もそいつを見に来ているんだ。
それで何の用があってここに来たんだ?」
ブレナンはドラゴンに視線を向けて応えた。
「友達が殺されたんだ、ドラゴン、聞いているだろ?」
「クリサリスか?」
ブレナンは頷いた
「この街のフィストが絡んでのいざこざだと聞いている」
ドラゴンは首を振って応えた。
「フィストに殺す理由はないと思うがな」
「あんたにも仁義はあるだろうし、話せないというなら、
他の人間に聞くまでだ、例えばフェイドアウトとか」
「そいつはお勧めできない、あんたは奴によく思われちゃ
いないからな」
ブレナンは肩を竦めて応えた
「それならそれで構わない」そして続けた。
フェイドアウトが応えるか・・さもなければフィストが
血で購うことになるだけだ」
ドラゴンがゆっくり立ち上がり、注意深く囁いた。
「ここでは勘弁してくれないか、
これでも俺はここのセキュリティーチーフなんだ」
ブレナンはメイ・ウエストの仮面の奥で微笑んで、
そして応えた。
「俺もあんたを標的にはしたくない。
だからフェイドアウトに、話がある、とそう伝えて
くれたらそれでいい」
互いに視線をそらせずにいて、
ブレナンは視線を据えたまま、そのまま部屋を出ることに
なった。
するとワーウルフの一人が声をかけてきた。
「それでどうなった?
誰か連れて行かないのか?」
「そうだな」ブレナンはそう応え、同時に
マスクをとって見せ、そいつに放ってよこした。
マスクを抱えて目を白黒させているワーウルフ
ブレナンは続けた。
「連れて行こうか?」
「どうした」もう一人のワーウルフが怒りをあらわに
つっかかってきた。
「俺も見ただろ」
「それもそうだ、あんたも殺さなければ公平じゃないか」
ワーウルフは身の危険を感じながら、
ブレナンが出て行くのを見守っていた。

そうして祈らずにはいられなかった。
あれが誰の顔だか知らないことを。
そうすれば、
見なかったことにしておけるだろうから、と。