ワイルドカード7巻 7月20日 午後9時

     ジョージ・R・R・マーティン
      1988年7月20日
         午後9時


電話帳でオーディティの番号が見つかるはずもなければ、
当然オーディティなんて名で載ってるわけもないだろう。
ディガーが言うには、彼らにもエヴァン、パッティ、
ジョンという本名があって、それを調べだしたが、
ロウボーイに没にされたという話だった。
オーディティは一人の人間ではなく、三人、すなわち二人の男と
一人の女のことで、彼らはルームメイトだか恋人だったらしいが、
ディガーが言うには、3人の共同体ともいえる存在で、ワイルド
カードによって悪夢のような怪物にされてしまったらしい。
一つの巨大な身体に3つの心がひしめいていて、肉体は痛みと
共に常に変化していて、エヴァンでありパッティでありジョン
でもある、ミドルネームは特にないとのことだった。
住処に関しては、ディガーが言うには、ジョーカータウンの
どこかで、それぐらいジェイでもわかっていたが、ともあれ
このまま脚で情報を稼ぐのも限度があると考えて、タクシーを
拾い、とりあえずジョーカータウンを調べることにした。
フリーカーズで散財したものの、碌な情報はでてこなかった。
オーディティは酒場にも現われず、脂ぎったジャンクフードを
ぱくつこともなく、ポン引きにひっかかることもないことが
わかったくらいだった。


そこで最後の手段として警察に駆け込んで、マセリークとカントに
出くわさないよう裏口から入って、オーディティの噂をサージェント・
モールに聞いてみたものの、苦情も寄せられていなければ、逮捕歴も
なく、当然住所も記録されていなかった。
それから何とはなしに通りをぶらついているうちに、何の手がかりも
得られず、探していないときには、あの野郎はどこにでも現れるくせして、
などとぼやいていると、気がつくとそれがもはや癖になった古い習慣だと
でもいうかのようにヘンリィ通りを通っていて、クリスタル・パレスから
わずか半ブロックのところにまで来ていた。
確か閉まっているのじゃなかったろうか、と考えてそこから少し歩いた
ところで、そうではないことがわかった。
そこでジェイは、身なりの良い数人の人間に着いていくようにして、
正面入り口から中に入っていくと、バーラウンジは混雑しているようで、
見た限りすべてのテーブルもボックス席も満員であるようで、バーに続く
列が2列できていて、ジェイはカップルの間に挟まれるかたちになって、
押し合いへし合いしながら前に進むと、ルポが一人でバーテンダー
しているのが見えてきた。
ルポは毛だるまのような身体を汗まみれにして、手をズボンで拭いながら、
ビールを注いでトレイに載せ、ウェイトレスに渡していて、
「こいつを頼むよ、もしお気に召さないようなら、スキッシャーの店でも
いって、あんたの店がここいらじゃ一番だとでもおべっかを使っていれば
いいだろ」ルポはそう零しながら視界の端でジェイを捕えたようで、
スコッチにソーダを入れて、前に並んで何やらわめいている4人並んだ
ナットの酒飲みの前を通り越して、
Son of a Fucking bitchくそ忌々しいったらありゃしない」
ジェイの前に濡れたコースターを置いてその上に下ろしてそうぼやいてきて、、
「今夜は繁盛しているようじゃないか」ジェイがそう言葉を返すと、
「それはそうなんだが」ルポはそう応え、
「仕事が増えてばっかしじゃな、おまけに見たこともない興味本位の
連中の方が多いときちゃたまらんさ、それにだぜ、奴らはチップを
はずむことも知らないときたもんだからどうにもならん」
「おい!」三つ並んだカウンター客の一人がそう声を上げ、
「おい、毛だるま!客が呼んでるんだぜ」と騒ぎだした。
ルポはそっちに胡乱な目を向けて、一声唸ってみせると、そのナットの
男は力が抜けたようにへたりこんでいて、實におとなしく黙り込んで
くれた。
「それで何だって?」そう振られた言葉に、
「サーシャはどこにいるのだろう?」と返すと、
「俺もそいつは知りたいよ」ルポはそう応え、
「第一この時間は奴が入っているはずだったんだからな。
行方をくらましちまったもんだらこのざまだ。
俺もテレパスだったらもっとうまく立ち回れたんだろうがな」
「そういや新しいボスはここにいるのか?」そう訊くと、
ルポは頷いて、ウェイトレスが出てきたバーの奥のボックス席を
顎で示してくれて、「あそこの赤い部屋だ」そう教えてくれた。
その赤いボックス席はバーに会っては妙に静まっているように
思える。
ボックス席には赤いベルベットのカーテンがかけられていて、
外からは中が見えないようにされている。
そこでジェイはウェイトレスを呼び止めて、ダットンのことを
訊き、スコッチのグラスを持って、カーテンの中に首を突っ込むと、
ダットンはちびちびとコニャックを飲んでいて、ウォールラスも上に
パイナップルの輪切りが浮かんだピニャコラーダを飲んでいたよう
だったが、ボックス席から飛び出すと、
「まだ売らなきゃならん新聞が残っているから……」とかもごもご言って、
「それじゃ失礼するよ」と言って出ていってしまった。
ジェイはウォールラスがいなくなるのを待ってから、
「まだ事件の記憶も新しいのじゃないか」と声をかけると、
ダットンは冷たい感情を隠そうともしない胡乱な目を向けつつ、
「それも一つの考え方でしょうが、私は営業を続けた方がいいと判断
したのです」
「そうかい」ジェイはそう応え、
「それじゃあっちの仕事の最初の客になろうじゃないか」と言い放つと、
「何をお知りになりたいのですか?もちろん正当な額が支払われる
なら、取引するにやぶさかではありませんよ」と返された言葉に、
「いつもは気前よく割り引いてもらっているもんでね」
ジェイはそう言って、ダットンが何かを言い出す前にその懐に
飛び込んで、
「オーディティを探しているんだ、どこに住んでるか知らないか?」
と言葉を被せると、
「知らんよ」と間髪を入れず返されてきて、
「クリサリスなら知っていたのじゃないか」そう唸るよう言っていて、
「もしあんたが情報ブローカーを引き継いだなら、そう言ったことも
知っているんじゃないか?」そう言葉を投げかけると、
「情報を精査するのに時間を頂けませんか?」
ダットンはそう言ってきたが、
「サーシャなら知ってるんじゃないか?」ジェイはそう言って、
「あいつが読んだ精神の情報をすべて受け取っていたとしたら
どうだろう?サーシャに聞いていないのか?」
「聞けるものなら聞きたいと思いますが、生憎あの殺人の日から
部屋にも戻ってなくて、母親の前にも姿を現さないとのことで、
大分心労が募っているとのことでしたよ」
「女と一緒じゃないかな?」ジェイはそう言って、
「あの女は母親に紹介したくなるというたまじゃないからな」
そこで一端スコッチを飲み干してから、
「何か隠しファイルでもみつけちゃいないのか?」
そう畳みかけたが、
「ありませんよ、残念ながらね」ダットンはそう応え、
「一つだけ確かに言えることは、このビルにはいないという
ことぐらいです」ダットンはそう言って、フードを下し、顔を
蔽って立ち上がったところで、
「俺の相手は退屈だったかな」
ジェイはそう言葉を浴びせてみたものの、
「申し訳ありませんがこれから仕事の予定が入っているのです」
そう返されて、
「俺だって予定ぐらいあるさ」
ジェイもそう言って立ち上がりながらも、サーシャのことを
考えていた。
あの女が出てきて、妙なことになり、そのままわけがわからなく
なったわけだが、
もう一度当たってみるか。
そう思い定めていたのだ。