ワイルドカード7巻 7月20日 午後10時

     ジョン・J・ミラー

       午後10時


通りがどんな状態かはわからないにせよ、
このまま追っていったほうが確実か。
オーディティの歩みは特段速いというわけ
でもないのだ。
そうこうしているうちに他に邪魔の入り
そうにない人影のないうらぶれた路地に
入っていて、ここなら猫のように足音も
立てず、闇に紛れてついていけるという
ものだ。
オーディティは沈んだ色合いの煉瓦の壁を
持つ建物のservice entrance通用口に立った
かと思うと、鍵を開けて中に入っていった。
ブレナンは可能な限り距離をとりつつも、
金属の扉の前に立ち、閉まる前に扉を押さえ、
そこに記された古めかしい文字を読みとると、


        通用口
フェイマス・バワリー・ワイルドカード
ダイム・ミュージアム


そこにはそう記されていた。
ブレナンは、オーディティとワイルドカード
ミュージアムに何のつながりがあるのだろう、
と訝りつつも、そこで見つめていても何の
答えも得ることはできない、と思い至り、
中に入ると、夜間照明のわずかな灯りに
照らされて闇の中に展示物がぼぉっと見える中、
違和感を覚えつつも音も立てず進んでいくと、
エースにジョーカー、異星人が立ち並んでいる
辺りで、オーディティのばたばたした足音が
聞こえてきて安堵した。
その方向に視線を向けると、オーディティが
ミュージアムの奥に続く階段を下りたところで
また姿は見えなくなっていた。
そこでブレナンも着いて行って階段を下りると、
オーディティは地下で何か作業をするような
部屋に入っていったところだった。
そこでジョーカーは灯りを全て点けていて、
ブレナンは用心しつつ、廊下の至るところに
点在している防水シートに覆われた何かの影に隠れ、
死角をついて柱の影に移動し、部屋全体を見てみると、
大きな制作中と思しき蝋人形が並べられていて、
オーディティがその一つの前で佇んでいる。
そこでブレナンが目を凝らしよく見てみると作りかけで
あるにもかかわらず、クリサリスとわかるものだった。
骨や内臓の上を束のような筋肉繊維が覆っていて、、
胴体の上に頭と思しき塊は載っているものの、まだ
造形中のようでかたちは整っていないようだ。
そこで突然オーディティはフェンシングマスクを外して、
部屋をつかつかと横切ったかと思うと、苦悶の滲んだ
彷徨を轟かせたかと思うと、壁の際に転がっているとっちら
かった壺やら甕を手で跳ねのけつつ、甲高い声で何か
ぺちゃくちゃ話している。
そこでオーディティは繊細そうな整った黒人の顔になって
いるが、その顔は激しい感情に歪ませたまま、彫像の前を
矯めつ眇めつしながら歩き始めた、と思ったところで
ブレナンはチャールズ・ダットンが階段を下りて、作業室に
降りてきたのに気づいた。
どうやらオーディティを観察するのに没入するあまり、足音を
聞き逃していたらしい。
「来ていると思っていましたよ」作業室に入ったダットンは
そう声をかけていて、
「あまり思い悩まなくていいと思いますよ」と言葉を継ぐと、
オーディティは長く苛立たし気に息を吸ったと思うと、
「殺されたんだよ、チャールズ、卑劣なエースだかに
ぐちゃぐちゃに潰されたんだ。それなのにまだこの体たらくだ」
そうして声を荒げながら歩き回っているオーディティ、
いやエヴァンというべきか、
「あんなことをしたろくでもない野郎の首をへしおって
やりたくて適わない、そうしてやるさ、そうしてやるとも」
「まぁまぁ、エヴァン」ダットンはそう言って宥め、
「あなたらしくありませんよ、それではジョンのようでは
ありませんか。心配してもしょうがないというものです。
警察だけではなく、アクロイドも動いているのですから、
誰かが殺した犯人を探し出してくれると思いますよ。
今は目の前のことに集中すべきでしょう」
「わかってはいるんだがね、チャールズ」ブレナンは
音を立てずに廊下にまで下がったところでエヴァンは
そう言っていて、
「それにしても、どうしてクリサリスは殺されなくては
ならなかったのだろう?誰があんな真似をしでかしたと
いうのだろう?」そう聞こえたところで、ブレナンは
階段まで移動して上に上がり、裏口から路地にでた。
オーディティの声から感じられた怒りと痛みは紛れも
ないもので、それがクリサリスの死に対するものか、
蝋人形の出来栄えに関するものかは定かではないに
しても、確かに思ったより複雑な分裂した人格を
抱えているのは間違いないと言える。それでも
クリサリスを殺していないということはその声だけ
でも充分に理解できた。
オーディティは殺していない。
ブレナンはそう考え。
ブラジオンも殺していないというなら、シャドウフィストに
探りを入れた方がいいだろう。
そこでブレナンは闇の中を進みながらも腕時計を見つめ、
そろそろ連絡せなばならない頃合いか。
そしてこうも思っていた。
さすがに出向くには遅すぎるというものかと。











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