ワイルドカード7巻 7月21日

  ジョージ・R・R・マーティン
    1988年7月21日
      午前3時


「コーヒーはいかがですか、ジェイ」
ヴィがそう言って声をかけてきた。
ジェイは窓越しに仕切りを掴みながら、
カウンターを見ると、そこには夜勤シフトの
時間にしては妙な客が多いようで、ジェイは
関わりあいになりたくないと思いながら、
「ああ、頼むよ」そう言って、
「それからパッティ・メルトも、オニオン
追加で、フライドポテト付のやつを」と追加すると、
Gotcha承りました」
ヴィはそう言ってコーヒーを注いで、注文を
持って離れて行った。
そこで誰かがボックス席に忘れて行った<Daily
News
デーリィ・ニュース紙>を手に取って、
一面の見出しを読んでみると、アトランタ
投票が始まったようで、ハートマンのリードが
伝えられ、投票ごとに健闘している様子で、
レオ・バーネットより何百票か多く稼いでいて、
その後をジャクソンやデュカキス、それにゴアが
追い上げているかたちのようだ。
認めたくはないが、どうやらディガーの言った通りらしい。
だからどうだというんだ?
新聞を置いて、ポケットからリストを取り出して、
またその名前を眺めた。
ワーム。クオシマン。ブラジオン。オーディティ。
それにダグ・モークルだ。
ヨ−マンはブラジオンを除外していいと言っていたから、
黒幕がバーネットでなく、ハートマンだとするなら、
クオシマンも動機のうえでは怪しいということになる。
検死の結果によればワームやシャドウフィストも間違いと
いうことになると、まだダグ・モークルがどこのどいつか
知れない以上、後はオーディティだけか?
ジェイは電話台の脇にあったメモ用紙に残された書き跡から
書き取った搭乗時間を眺めながら、コーヒーを一口飲んで、
Fuck itなんてこった」とぼやくことになった。
オーディティだけじゃないということか。
アトランタにしたところでそう遠いわけじゃない。
実際アトランタ行きの直行便は二時間置きに出ているようだが、
一番早いものは6時55分発で、アトランタには9時7分
に着く、日曜の晩に着いたとして、クリスタルパレスに行って
クリサリスを殺したとした後でも、ジョージアに戻って民主党
党大会開会に間に合うよう戻ることができるのだ。
だとしたらリストの除外条件自体を見直さなければなるまい。
もしダウンズの話したことが真実なら、クリサリスはグレッグ・
ハートマンを暗殺するべく殺し屋を雇ったということになるが、
クリサリスがそのことを誰にも話さなかったとして、どうすれば
ハートマンがその事実を掴むことができただろうか?
漏れるとするならサーシャを置いて他に誰もいないわけだが、
エルモが殺し屋と会っていたのが、丁度クリサリスが殺された時間
だとするなら、そいつは前もってそうすることを知っていたという
ことになるのではあるまいか。
ニューヨークには数多のテレパスがいるが、ジェイの知る限り、
クリサリスの身近にいたのはサーシャだけだ。
そこでジェイはコーヒーを大口で呷って表情を曇らせていた。
なんと愚かだったのだろう、サーシャは死体を発見したときも
そこにいたではないか。
目はなくとも、彼ならばビルに侵入した人間があればわかったと
いうことではないか。
だとしたらどうしてサーシャはクリサリスが殺されるのを防ぐ
ことができなかったのだろうか。
いや知っていて見過ごしたということだろうか。
いいだろう、サーシャがクリサリスの心を読んで、それをハートマンに
漏らしたとして、それでハートマンがディガー・ダウンズをばらすべく
マッキィ・メッサーをさし向けたとするならば、他に誰か、怪力の人間が
一緒に来ていなければならないことになる。
そいつがクリサリスを手にかけた奴だ。オーディティだろうか?
あるいは……ジャック・ブローンだったらどうだろうか?
あの男はハートマン陣営の構成員だ。
それにビリィ・レイだとしてもハートマンのボディガードだ。
殺しのやりくちから見ても、ブローンというよりカーニフェックスの
方が近いのではあるまいか?
実際カーニフェックスにはひどい噂もある。
もちろんそれだけで決めつけるわけにもいかんわけだが、
ダウンズも言っていたではないか。
シリアの少女はハートマンによって弟の首をかき切るよう
仕向けられたと。
だとしたら同じことがブローンの身にも起こるのではあるまいか。
そこでヴィが片手にパッティ・メルトの乗ったプレートを
持って、もう片方にコーヒーポットをもってやってきて、
ジェイの前にプレートを置き、コーヒーをカップに注ぎたすと、
ジェイは紙を折りたたんで、脇に置くと、
「誰が大統領に選ばれたらいいと思う?ヴィ」
とウェイトレスに声をかけると、
「どいつも碌な者じゃないじゃない」そう言って離れていった。
「誰にも投票したくないもの」と言い添えて。
そこでパッティ・メルトを見てみると、オニオンはほとんど黒い
ぐらいかりかりに焼けていて、ジェイの好み通りであり、先ずは
フライドポテトを食べようと思ったが、やはりケチャップが必要だろう。
「ねぇ、ヴィ」と声をかけたが、カウンターの奥に引っ込んでいて、
<42ndストリート>にでも出てきそうなあばずれの相手をしている
ところのようだった。
オーディティがまだゴールデンボーイやカーニフェックスより容疑は
濃厚というものか、とそう思い定めていた。
ハートマンが暗殺のことを知っていたなら、ブローンであれレイであれ
航空便でさし向けることができたとして、だったらなぜマッキィ・メッサーを
別に遣ってディガーを追わせる必要があったのかだが。
どうしてクリサリスもマッキィに任せず、別の殺し屋をさし向ける必要が
あったというのだろう。
どちらかに別な用事でもあったか?
そもそもなぜわざわざアトランタから人をさし向ける必要があったかと
いうことだが。
それにしても、マッキィが関わっているのは間違いないにせよ、今は
どこにいるのだろうか?アトランタだとしたら、戻らなければならない
事情があったということになるが。
しかもまずいことに、ハートマンがエースだとするなら、さらに条件は
変わってくることになるだろう。
トロールにアーニィ・ザ・リザード、ドウボーイもそうだ、彼らは皆
ハートマンのファンなのだから、例えクリサリスを殺す動機を持ちあわせて
いないとしても、そんなものは必要なくなったと言っていい。
ハートマンに操られる虚ろな走狗と化しているかもしれないからだ。
カーヒナがそうだったように……
それじゃどうやって絞ればいいだろう?
ジェイはパッティ・メルトに手をつけて、かぶりつきながら考えていた。
ハートマンが秘かにエースだ、というのはディガーがそう言っただけで、
しかも鼻で嗅ぎ分けたというのだから、証し建てするものは何もないわけだ。
警察もそれじゃ飛びつきはすまいが……
ディガーの話を証明するには、ハートマンのジャケットを探すしかない
ということか。
そこでジェイは自分だったらどこに隠すだろうと考えて、クローゼット
しか思いつかず、大体調べ尽くしただろうに、とあきれ返りながら、
パッティ・メルトにもケチャップが欲しいところだ、と思い、
「ヴィ」と声を張り上げて呼ぶと、ヴィはコーヒーポットを手にした
まま振り返って、ジェイのカップにまだコーヒーが満たされているの
に気付いたと見えて、「何がお入り用ですか?」と胡乱な声を投げ返して
きた。
「ケチャップだよ」ジェイがそう応えると、ヴィは露骨に嫌な顔をして、
「それじゃお聞きしますが」そう前置きして、
「それは何なの?」そう言って指さした先に目を凝らしてみると、
テーブルの上にケチャップのボトルはあった。
ナプキン立てと塩コショウの瓶の影に隠れて見えなくなっていただけ
だったのだ。
ヴィが露骨なため息を漏らして離れていったところで、ジェイは
ボトルを持ってひっくり返し、プレートの上にたっぷりケチャップを
盛りつつ、なんと間抜けをことをしてしまったのだろう、と考えていた。
ずっと目の前にあったというのに気づかなかったなんて……
そういうことか。
内心そう考え、膝をうっていたのだ。