ワイルドカー7巻 7月21日 午前4時

   ジョン・J・ミラー

     午前4時


忘れ去られた墓地。
そこは訪れるものもなく時ばかり
過ぎて、草花の生い茂る原野の
吹き溜まりとでも呼ぶものと
なっていて、墓石のいくつかは
顧みられることのないまま朽ち
ようとしているようだった。
ブレナンはその墓石を見つめ
ながら、そこに記された名もまた
同様に忘れ去られるだろうか、
と考えていた。
実際歪に傾いて植物の繁茂する
に任せて覆われてしまっているのだ。
そこには朽ち果てたものの放つ憂鬱と
でもいうべき空気が色濃く漂っていたが
ブレナンは構いはしなかった。
ブレナンは闇の静寂を好む。
そこには静けさと安らぎがあるから
だろうか。
ブレナンは闇に紛れる色合いの服装で
複合弓を組み立てて具合を確かめていた。
闇の如く黒く塗られたその弓は闇に紛れ、
待ち受けている死者と静かに対峙するに
相応しい武器といえるのではなかろうか。
そんなことを考えていたが、その静寂は
ブレナンの潜んでいる場所からは姿が
見えない何者かの近づいてくる音に
よって破られた。
途切れて用途を果たさなくなっている
墓地の周囲に張り巡らされた煉瓦の壁に
面した駐車スペースに車が停まり、
エンジンを切った音のようだった。
それからドアの開く音と閉められた音が
して、再び静寂が流れ始めた。
そう思うと同時に、何か思いものを引きずる
ような音が茂みから聞こえてきて、ブレナンは
息を潜め、耳を澄まし大きさを推し量り、
一度深く息を吸ったところで、ここには
都市の放つ特有な雑多な匂いは感じられ
ないと感じ、そこで動かず、耳の毛細血管に
血の流れるのすら感じられるような闇の中、
息を詰め、背の高い草の生い茂る叢の間を
動く音を聞き、ブレナンを探しているのを
感じ、可能な限り音を立てず叢を駆け、
距離をとって様子を見ていると、匂いを
嗅ぎ分けようとするような大きな鼻息が
聞えてきた。
そこでブレナンは打ち捨てられた霊廟の
周りを円を描くように動き続けた。
そこはかつてブレナンが襲撃をかけた場所
であり、Imaculate Eglets<無垢なる
鷲団>が都市部にヘロインを密輸するため
用いていた異星のテレポーテーション装置が
あったのだ。
そこでブレナンは立ちどまった。
ふんとでも形容すべき音が聞えたからだった。
それは数多の蒸気管が熱風を噴き出したような
音であり、ある種の満足気な感情を感じさせる
ものだった。
怪物がブレナンの匂いを捉えたということか。
急がねばなるまい。
音を立てることを厭わず、崩れた墓石にライラック
野ばらの間を踏み越えて、あとわずか数時間にまで
せまった時間の月灯りに照らされながら……
茂みを押しのけるようにして、棘が肌を指すのも厭わず
進み、墓地を取り巻く、途切れた壁の下にまでたどり着くと、
背後で何か長くしなやかな物がライラックと野ばらを
踏み散らす大きな音とと共に、金とも銀ともつかない
冴え冴えをした月灯りを遮るようにしてそれは立っていた。
そこには20フィートばかりの
身長のドラゴンがいたのだ。
蛇のように細身でありながら、
4フィートもある脚に
は剃刀の如く鋭利な爪を備え、
東洋系の龍を思わせるその顔に
はナイフのような牙も窺える。
張り出した赤い目がのぞき、
炎をまきちらしている鼻先から
はしゅうしゅういう蒸気の雲が
噴き出しているではないか。
レージィ・ドラゴンに違いないが、
フェードアウトは鼠や可愛らしい
子猫よりましな代物をさし向ける
ことにしたとみえる。
そこでブレナンは腰にマジック
テープでぶらさげている矢に自然と
手を伸ばしながらも考えていた。
一番強力な炸裂弾を使ったとして、
あんなおぞましい姿の化け物に
太刀打ちできるものだろうかと。