ワイルドカード7巻 7月22日 午前9時

       ジョン・J・ミラー
         午前9時


Fulton street Docksフルトン・ストリート・ドックと
そこに面した魚の加工工場は倉庫に囲まれたような
かたちになっていて、過去を隠そうという人間には
お誂え向きな場所に思える。
そんなことを考えていたブレナンに、
フェイドアウトは、モークルがどんな男か話していた
のかしら?」ジェニファーがそう声をかけてきた。
そこで「重機の運転をしているとしか聞いていない」と
応え、慌てて辺りを見回つつ、
フォークリフトだか何かを運転しているに違いあるまい。
フェイドアウトが団体関係のつてを使ったと言っていた
から、おそらく今日中にはたどり着けるだろうが……」と
言い添えると、
「それじゃとっとと探しましょう」という返事が返ってきた。
それからドックで一時間程立ったころだった。
ニットキャップを被り、口ひげを蓄えていて、二の腕に
ソフトボールほどの入れ墨を入れた男にその名を訊ねると、
「モークルだって?ああ、知ってると思うな。変わった
奴だよ、たしか47番埠頭で働いてるんじゃなかったかな」
という言葉が返されてきて、
「今もそこにいるのだな?」そう言葉を被せると、
男は肩を竦めて、
「だと思うよ。あいつは遅番で入ってるようだから」
と教えてくれた。
「礼をいう」ブレナンはそう言って、
「一つ聞いておきたいんだが、何か目印のようなものは
ないものだろうか」と言い添えると、
「見落とすことはないと思うぜ。フォークリフト
ところにいつもいるからな」
フォークリフトのところか」
そんなやりとりの後、積み下ろし作業員の間を縫って進むと、
肩を竦めているジェニファーの姿が視界に入った。
その先には47番埠頭に接舷した船から荷下ろしが行われて
いて、そこがここで一番大きい埠頭であることがわかった。
渡された板の上を大きな木箱が運ばれている、加工工場や
市場に運ばれているに違いない。
そして確かにあの男の言った通りだった。
ダグ・モークルはすぐに見つかった。
5フィートほどの厚い胸板の男で、その割には手足は短く
細いように思える。
そして顔自体も身体から見て長く細面のようでえらく
不釣り合いであり、むしろおとなしく見えるような感じ
と言える。
そうして男の姿を眺めている内に、この男が誰に似ているか
ようやく思いだすことができた。
タキオンだ。
男は巨大な木箱を難なく持ち上げていて、頭上に片手で
載せてうまくバランスをとっているさまは、まるで頭に
水瓶を載せて運んでいるアフリカの女性のようだったが、
おそらく女性の水瓶の場合は一トンの半分もないのでは
なかろうか。
そうして男が大きな荷物を抱えたわりには、何の苦もなく
通り過ぎようとしたところに、
Doug Morkleダグ・モークルだな?」と言葉を投げかけると、
男は歩みを止めず、一瞥のみを返して、
「違う、Doug Morkleダーグ・モークだ」と応えたではないか。
いかにも応えるに堪えないといった様子が見て取れる。
そこで「あなたはモークルではないのですか?」と言葉を重ねると、
「違うMorkleモーク。Morkleモーク(ここだけ斜体になっていますが、
スペルは同じですので、撥音が違う、ということのようです)だ」
そう返された言葉にブレナンが途方に暮れて、ジェニファーに視線を
泳がせて促すと、「ミスター・えーとモークルではないのですか?」と
ジェニファーがそう声をかけると、男はいかにも憤慨したという一瞥を
ジェニファーに向けたかと思うと、立ち止まり、荷物を下にどさりと
下して、「一体何の用だ?書類に不備はなかったはずだぞ。
実際グリーンカード(入国許可証)は下りてるんだからな」
そう言って、胡乱な視線を向けている。
つなぎに身を包んでいて、流暢な英語を話しているが、その撥音は
妙に聞き覚えのないものだった。
そこで男は紙を取り出してブレナンに突き出した。
そこには男の写真と、その下にDurg at Morakh bo Zabb Vayawandsa
ダーグ・モラク・ボー・ザーブ・ヴァヤワンザと記されていて、
さらに生まれはタキスとも記されている。
それから組合のものと思しきIDカードも見せられた。
そこでブレナンはダグ・モークルというのが正式な名ではなく、
アメリカ式に無理やり撥音されたものであることに思い至った。
「何も問題はないよ」ブレナンがそう返すと、
「そうか、ならばいい」とようやく落ち着いてくれたようだった。
そこでブレナンは思いだしていた。
群れ子との闘いの際に格闘の達人やら殺しの達人やら何人かの
タキス人が地球に取り残されたとタキオンが言っていたではないか。
確かにこの男ならクリサリスを殺すことは可能だとしても、どういった
殺す動機が考えられるものだろうか。
そんなことを考えつつ、
「組合のIDカードを見る限り、あんたは重機の運転をしているんだな」
そう言葉を投げると、男は胡乱な目をしつつも、
「組合の関係者か?」と訊き返してきた。
「そんなところだ」そう応えたが、もちろんそれは嘘だ。
「審査はちゃんと通っているぜ」モークルはそう言って、
「書類には不備はないはずだ。正式な書類だからな」と言って
悦に入ってるところに、
「ああ、そうだな」ブレナンはカードに目を通しながら、
注意深くその記載を読みとると、<エース特別枠>と記されているのが
わかった。
「そして重機を使おうが使うまいが、同等の能力を有することをここに
証明する。それにふさわしき対価を支払うこと、とも書いてあるだろ」
「そのようだ」ブレナンがそう応えると、
「仕事に戻らなくちゃならん。あと少しでシフトは終るがね」
男はそう言うと、シャベルのようなごつい手を突き出すと、
「そいつを返してもらうぞ」と言ってカードを掴みとっていた。
そこで「毎日深夜から8時までのシフトに入っているのか?」
そう訊ねると、男は頷いて荷物を担ぎ上げていた。
そこに「先週の月曜は?」と投げかけると、頷きはしたが、また
気分を悪くしたのが見て取れる。
それから「礼を言うよ、ミスター・・・モークル」と言って会話を
打ち切ろうとすると、
「モークでいいさ」と言葉の後ろの方にアクセントのつく撥音で
応え返してきて、
「理想の名にかけて!地球人は撥音すら正確にできんとはな」などと
また言っているではないか。
そこで荷物を抱えて男が歩み去ったところで、
「信用できるかしら?」とジェニファーが声をかけてきた。
そこでブレナンは「鉄壁のアリバイと言えるだろうな」と応えていた。
「また八方ふさがりに戻ったのかしら」そう言葉をついだジェニファーに、
「残念ながらそういうことになる」とため息交じりに応えながらも、
これでワームが最有力容疑者の座に躍り出たわけだ、と考えていた。
もちろん会いに行くにはやぶさかではないわけだが、一旦ホテルに
戻って、銃器を補充しておいた方がいいか。
いかに骨董屋に出向くにしては、素手では手に余るだろうから。
そう思い定めていたのだ。