ワイルドカード7巻 7月24日 午前11時

    ジョン・J・ミラー
      午前11時


クリサリスが微笑んでいる。
こんなかたちで再び会うことになろうとは。
妙な気分だ。
間違いなく死んだはずなのに、これでは
ちょっと街を出ていただけのようではないか。
そんな思いにとらわれながら、ブレナンが
ぎこちなく微笑み返すと、やはり微笑みを
返してくれているときたものだ。
さてジェニファーにどう説明したものか。
いやむしろクリサリスにジェニファーとの
ことを説明すべきだろうか?
ブレナンはすぐに思い悩むのを止め、
手を伸ばし、引き寄せて抱きしめると、
視線の先のクリサリスの笑顔は凍り付き、
目の前のクリサリスはかたちを失っていき、
その透明な皮膚が靄のように霞んだかと思うと、
首が落ち、身体はずた袋のように崩れて、
その目から血を思わせる涙が溢れ、
肺からはけたたましいひゅうひゅうといった
ような耳障りな音が響いて、思わずその体を
掴み、罪の意識のあまり怒りの涙を流していて、
「ブレナン」と囁き声が聞こえたところで、
汗にまみれ、恐怖に麻痺した感覚を振り払うように
身震いしながら目を覚ましていた。
「具合はいかですか?」ベッド脇から誰かの声がして、
「悪くない」ブレナンはそう嘘をつき、
「ここはどこだ?」さらに言葉を被せると、
ようやく頭を起こして、話しかけてきた男の姿を
視界にとらえた。
首から聴診器をぶらさげた白衣を着た若い男で、
子馬と少年の合いの子といった姿をしている。
ドクター……フィン。
確かそんな名ではなかったか?
「ジョーカータウンクリニックですよ」
そう応えたフィンに、ブレナンが鷹揚に頷いてみせると、
「おわかりですか?」フィンはそう言いだして、
「ひどい有様だったのですよ……」そう継がれた言葉に、
ブレナンは再び頷いて返しながらも、まだ朦朧として
混乱した意識を取り纏め、思い出そうと努めた。
マザーに火が回り、天井が落ちたところまでは覚えていた。
「消防士から聞いたんだけどね……」
ドクター・フィンが近寄ってきて、視線を向けながらそう言うと、
「クリスタレス・パレスの瓦礫の下に秘密の地下室があって、
そこであなたが発見されたそうですが……何かが覆い被さって
いて、焼け死ぬのを免れたそうですよ」
「マザーか」口に綿か何かが詰め込まれたでもしたように
感じながら、ブレナンはようやくそう口にした。
右腕に感覚がないながらも、プラスチックの塊のような
もので覆われているのが見てとれた。
ベッドに腰かけ、脚を下に投げ出すと、突然二日酔いのような
眩暈を感じ、ふらついてしまった。
腕の方は完全に麻痺しているが、じきに痛みが戻ってくるに
違いない。
「服はどこにある?」
「まだ退院できる状態ではありませんよ……」
フィンは悲し気にそう応え、
「腕は骨折していますし、出血も多く、手と顔も火傷して
いるのですよ。少なくとも後一日は安静にすべきでしょうね」
ブレナンはかぶりを振って拒絶を示し、
「おとなしくしている時間などない」と言い募ると、
「あなたがクリニックを出るというのでしたら、
もはや責任は持てませんよ」
いらただしげに尻尾を振ってそう言ったフィンに、
「俺のことなら気にするには及ばない」
ブレナンはそう言い放ち、腰を上げると、
またひどいめまいを感じ、くらくらしつつ、
「服を出せ」とさらに言葉を被せると、
フィンはかぶりを振りつつ、
「あなたがどうしても出て行くというなら、止める
つもりはありません。服を見繕って差し上げましょう。
今朝は色々あってとっちらかっちゃいますが……」
「火事のことを言っているのか?」ブレナンがそう訊くと、
「いいえ、そのことじゃありません。確かにパレスの火事で
もけが人はでましたが、たいした人数ではありませんでした。
あのお祭り騒ぎのせいで、ここのスタッフの半分が駆り出されて
徹夜で対応せねばなりませんでしたからね」
「お祭り騒ぎとは?」ブレナンはそう訊いて、
「何があった?」そう言葉を被せると、
「ご存知なかったのですね。ハートマン上院議員が昨晩ようやく
大統領候補に選出されたのですよ……
それでジョーカータウンは熱に浮かされたような状態になって
いましたから……」そう聞かされていたのだ。