ワイルドカード7巻 7月24日 正午

       ジョン・J・ミラー
          正午


ブレナンはひとまずジョーカータウンクリニック
を目指すことにした。
路上には、昨夜の余韻が残っているということか、
ハートマンやらジャクソンといった襷をつけた
千鳥足のヨッパライがまだたむろしているのは
フィンが言った通りといったところか。
一夜にしてビルの壁面がハートマンと記された
のぼりで彩られたのは、まるで雨後の筍のようだ。
平らな面にはハートマンのポスターが張られていて、
その笑顔を見ずには一歩も進めそうにない。
こうどこにでもあるとかえって薄気味悪いものに
思える。
それは圧倒的圧力と感じられ、批判を許さない
不寛容さを表しているように感じられてならない。
そんなことを思いながら、教会に入り込み、
烏賊神父のミサが終るのを待っていた。
奥の方に座り、可能な限り目立たないように努めて
いると、隣に座ったジョーカーにじろりと睨まれた
ような気がしたが、血まみれのナットなど大した
問題ではないと判断したのか、すぐに関心を失った
ようだった。
ミサが終わってからも、数分間経ったものの、
まだ何人か残っている。
おそらく烏賊神父に懺悔でも聞いて欲しいと
いうことか。
そしてハートマンによる黄金時代の到来も
甘く囁かれるのではあるまいか。
そこに烏賊神父に呼ばれたのかクオシマンが
現れて、その耳元に神父が二言三言囁いてから
離れていって、そこでようやく烏賊神父が
思わせぶりに目配せしたのを受けて、
教会を出ると、クオシマンが詰所のカギを
開けていた。
「無事を願っていた」
そう声をかけられたジョーカーの顔には、無数の
ひっかき傷が見て取れた。
Sureそうか」とクオシマンが応え、
「また助けは必要か?」と継がれた言葉に、
視線を向けると、クオシマンもみつめ返してきた。
その瞳からは昨夜の闘いを覚えているとは思えない
ように思いながらも、
「ああ、そうだな、今のところは心配ないが、
もしその時が来たら、頼むよ」そう応えると、
「わかった」クオシマンはそう返し、
「待ってる」そう言葉が継がれたところで、
クオシマンの開けたドアを抜け、
ブレナンは詰所に入っていった。
ジェニファーは長椅子で眠っていて、その穏やかな
寝顔は赤子のように健やかで、顔色もよくなり、
呼吸も規則正しく落ち着いているようの思える。
起こすのは忍びなく、ブレナンは足音を立てないようにして、
烏賊神父の寝室に続く廊下を進んでいった。
寝室のドアには、ブレナンのバッグが立てかけられた
ままになっていた。
ブレナンは血まみれの服を脱ぎ、片手が固定されていては、
着替えるのも難儀だと思いながらも、何とか着替えを終えて、
寝室に入り、ドアを閉め、ようやく烏賊神父のウォーターベッドの
端に腰を下ろし、落ち着くことができた。
確かにフィンの言う通りだ。
身体はぼろぼろで、実際一日ぐらいはおとなしくしていた
方がいいのだろうし、これでは子犬さえ相手にできないと
いったところだろうが、そんな風に思いながらも、ベッド脇の
スタンドに置かれた電話の受話器を取り、猫から渡された番号を
ダイヤルすると、一回コールした後に、
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
と録音されたメッセージが聞こえてきた。
そして受話器を下ろし、フェイドアウトの行動の速さに
驚いていた。
もしかしたら電話会社すら支配下においているのではあるまいか。
そしてさらに考えていた。
キエンならば、連絡先を知っているかもしれない、と。
もちろんその考え自体は正気とも思えないものながら、
必要ならばそうするまでだがと腹を決め、
ともあれ別の方法も試してみてからだな、と思い定め、
残された武器を手にしていた。
銃口が短い38口径だ。
そいつをジーンズとウェストバンドの間に突っ込んで、
それからリビングに向かった。
そこでジェニファーが眠っているのを見届け、キスしたく
なる強い誘惑を堪え、音を立てず、そこから出て、静かに
ドアを閉めた。
外の叢にはクオシマンが座っているが、その瞳は茫洋として
何も考えていないように見えるが、
「烏賊神父に伝えておいてくれ、必ず戻ると」
ブレナンがそう告げたが、クオシマンは何の反応も示さず、
聞いていないように思ったが、ブレナンは苦笑しつつも、
昨日クオシマンが助けに来てくれたのは運がよかったと
いうことだけは心に留めておいた。
そして教会の敷地を出て、街に入ったところで、
路肩に佇んでいると、空車の表示のあるタクシーが
走り寄ってきた。
今のところは運には見放されていないようだと思いながら、
合図してタクシーを呼び止め、乗り込んで、
「ツイステッド・ドラゴンまで頼む」と告げていた。
運転手は頷いて、ひゅうじを<利用中>と変え、走り出した。
運転手はハートマン支持をを顔にはりつけたような男で、
昨日起こったことをしきりに話していて、
「fur最終的には」運転手はそう言うと、
「ハートマンとブッシュの小競り合いということに
なるんだろうな。それでハートマンが勝てなければ、
ジョーカータウンは大騒ぎになるだろうね。
そうなればタキオンはジョーカータウンに
顔を出しにくくなるだろうが……
あんたはどう思う?」
そんな話を聞いている内にタクシーはツイステッド・
ドラゴンの前に着いていて、
タキオンはなんで突然裏切りともとれる行動を
したんだろうな?」
そう振られたが、ブレナンは応えず、肩を竦めて応じ、
どういう状況かわからないながら、
「何か理由があったんじゃないかな」そう応えるに留めた。
男はその応えに納得していない様子だったが、
20ドルを渡すと、角を曲がって店から離れて行って、
ドラゴンに入るころには、そういった政治的なあれこれは
もはや考えなくなっていた。
そして今集中すべき重要なことに、レージィ・ドラゴンに
意識を向けていた。
目指すべき相手はバーにいるはずなのだ。
ツイステッド・ドラゴンはいつも通り繁盛しているようで、
ブレナンが後ろから忍び寄り、背中から指を銃口であるように
思わせて突きつけて、
「久しぶりだな」そう声をかけ、
「少し話せるか」と言葉を継ぐと、
驚いた様子ながら、一度頷いて返し、ジャケットの
ポケットをしきりにまさぐっていたが、それもブレナンが
拳を強く押し付けるまでだった。
そこで「やめておけ、クマでも放り出して、
この場の雰囲気を台無しにすることもあるまい」
そう告げると、
「まぁいいさ」ドラゴンはおとなしくそう応え、
腕を横に垂らして、
「で何が望みだ」と継がれたところに、
「たいしたことじゃないさ。Chum同業のよしみというやつだ。
一度助けられているから、手荒なことはしたくない、
フェイドアウトと連絡がつけばそれでいい」と返すと、
「電話番号だけだよ」ドラゴンもそう応え、
「以前教えたじゃないか」そう継がれた言葉に、
「あれはもうつながらない」とかぶりを振って被せると、
「ということはもはやどうにもならん」
その言葉に視線を返すと、ドラゴンも落ち着いた視線を返してきた。
「それもいいだろう。もちろん嘘をついていなとするならばだが。
もし連絡を取る方法があって言わないとするなら、フェイドアウト
伝えるといい。俺が狙っていると。
その場合はドラゴン狩りも解禁になるだろうがな」
そう告げて拳をさらに強く押し当てると、
ドラゴンは肩を竦めると、
「あんたらがどう角突き合わせようが俺には関係ない」
冷淡ともとれる口調でそう継がれた言葉に、
「いい心がけだ」ブレナンはそう応え、
人ごみに紛れていった。
そしてドラゴンをリストから外し、外に出て、
ともあれマジック・キングダムへ向かうことにしたのだ。