ワイルドカード7巻 7月24日 午後2時

      ジョン・J・ミラー
        午後2時


今回は向かう場所も望む相手もはっきりしている。
クインの庭園は午後の日差しに照り映え、これみよがしな
威容を誇っているに違いない。
あれだけの庭園を維持するにはそれなりの造園技術が
あるか、きちんとした業者を雇うかしているという
ことだろうが、今はエスキモー相手にそんなことを
詮索している場合でもあるまい。
ことが全て終わった後になら、調べてみてもいいか
などと苦笑しつつ、植え込みを抜け、背後から芋虫の
番人に忍び寄っていた。
案の定、芋虫はゆっくりと振り返り、にこやかに迎えた
かと思うと、ガスの霧のようなものを噴き出してきた。
ブレナンとしては屈んで優雅に躱したつもりであったが、
柴垣に右腕をひっかけ、身体をひねって左腕を抱えこんだ
ような無様な態勢になって呻きを漏らしてしまっていた。
できるだけ吸い込まないよう努めたつもりだったが、
少し吸い込んでしまったようで、ふらふらする頭を抱えつつ、
麻酔も少し残っているかもしれないと思っていると、
足音が聞こえてきて、10分の間、おとなしく身を潜めて
いると、
「日曜の午後だよ」そんな言葉が聞こえてきて、
「日曜の午後といえば週末じゃないか。穏やかに過ごせたと
いうものじゃないかね?」と継がれた言葉の後に、
クインは立ち止まり、その切れ長の瞳でブレナンを見下ろしていて、
「さて、どちらさまかな?」抑揚のない声でそう言うと、
「芋虫の蜘蛛糸にひっかかった御仁がいるようだが、
しかしおかしいな、芋虫は蜘蛛糸など吐かんはずだがね」
「それもそうだ」ブレナンは腰を落とし、銃を構え、
クインに向けると、
「糸を使うのは蜘蛛であって芋虫ではない」
そう言葉を返すと、
「意識があるのか?」クインはそう応え、
「口がきけるとは」と添えてきた。
ひどくおかしな状態にも見えるが、いつもこんな
調子であるようにも思える。
クインは疑わしげな視線をブレナンに向けてきたが、
銃には気づいていないようだった。
「何かやってるのか?クイン」そう訊くと、
クインは落ち着いた様子で頷いて
Quaalaudes鎮静催眠剤だがね」と応えたところに、
「そいつは好都合というべきか。さてこれからどうするかだが、
中に戻って、誰かを呼ぶというのはどうだろうか。
少しは気が紛れるというものだろう?」
クインは承知したとみえて頷いて、
「それがいい。どうも日曜というものは退屈でいけない。
ろくな番組もやっていないときたものだ」と応えた。
そうして連れだって向かい、ブレナンが銃を向けて、
「お先にどうぞ」と言って促すと、
クインは中に入ると、医者の手を煩わせる手間すら
惜しいとばかりに、指に再び注射針を刺している。
そこでブレナンは以前はそれどころではなかったことも
あって、じっくりと見ることのなかった内装を
落ち着いて見ることができた。
庭ほどではないものの、それなりに異国情緒は
感じとれるといったいいのではなかろうか。
正面入り口には、エドガー・アラン・ポー、シャーロック・
ホームズ、エルヴィス・プレスリー、それにトム・モリソン・
ダグラスといった麻薬常習者の写真が飾られていて、
招きいれられた室内には、ディスプレイケースが並べられ、
その中には中華風のアヘン吸入器やらトルコ風の水パイプ
やらが並べられていて、壁際には珍しいキノコやらサボテンの
入ったガラス容器が納められていて、反対側の壁際には
フグの入った水槽が置かれている。
「なかなか壮観じゃないか」驚いてそう口にすると、
「そりゃどうも」などとクインが返したところに、
「さてと」ブレナンはそう切り出して、
「電話をかけて欲しいんだがね」そう言い添えると、
「誰を呼び出すんだ?」そう訊き返されて、
フェイドアウトだ。大至急ここにくるように、
何か重要で新しい発見があって、すぐに見せたいと
いったことを話してほしいんだが、どうかな?」
と被せると、
クインは「おいおい」と言って立ち上がると、
「そいつは剣呑な話じゃないか」と言って、
「どうして私がかけねばならんのかね」
とまで言いだした。
ブレナンは下手に出るのもこれまでと判断し、
「こっちには銃があって」と応え、
クインに銃を突き付けて、
「そうして欲しいと望んでいる」といいかけると、
「おいおい」とクインは言いいだして、露骨に
腰のけひたのがみととれた。
そこで「頼むよ」と言い直すと、
ようやく電話代に向かってくれた。
そしてブレナンの見つめる前で、ダイヤルした
番号は、やはり以前フェイドアウトからから受け取った
ものとは違う番号のように思えるものだった。
おそらくフェイドアウトは誰にも同じ番号は伝えていない
のではあるまいか。
そんなことを考えていると、回線が混雑していたのか、
三回コールしたところで相手がでた。
そこでブレナンが耳を澄ましていると、エスキモーは
ようやく銃が視界に入ったとみえて、
「おいおいおい」などと受話器を持ったまま騒ぎ出した
かと思うと、
「おい誰だ……そうか、Coo coo ka choo
おっとっとっと。おい、待ってくれ。
ああウォールラスか……いや、そうじゃなくてクインだ。
そうとも、Phil old boyフィル公。今日ラボで何があったと
思うね。ぜひお目にかけたいと思ってる……
そうとも、そうだ、驚いて飛び上がるような代物だ。
エスキモーのいうことは疑わしいってか?
まぁいいさ、そうとも、そうだ……自分で確かめるといい。
それじゃアディオス。」
そう言って電話を切っていた。
「うまくいったか?」そう訊くと、
「まだ手が離せんそうだ。それでも一時間ぐらいで顔は
出すとさ。それまで菜園でも眺めていたらどうだい。
自慢のマリファナ畑があるんだ」と振られ、
「まぁいいか」ブレナンはそう応え、
「断る理由もない」と言葉を継いでいたのだ。