ワイルドカード7巻 7月24日 午後4時

      ジョン・J・ミラー
        午後4時


呼び鈴が鳴らされた時、ブレナンは覗き窓から
相手を確認することができた。
フェイドアウトだ。
苛々してどうにも落ち着きのない様子が
見て取れた。
そこでブレナンが笑顔でドアを開けると、
「それじゃ訊くがな、クイン」
フェイドアウトはそう言って、
マジック・キングダムの玄関に入って、立ち止まると、
「で何がどうなった……?」と言いだしたが、
横に立ったブレナンに気づいて、話すのをやめると
同時に姿を消し始めたが、ブレナンもこころえたもので、
エースの背後に回り、ドアを閉め、姿を消し始めた
フェイドアウトに傍にあった缶の中身をぶちまけていた。
そこには白い粉が入っていて、それを浴びたフェイドアウト
頭からつま先まで真っ白になったのみならず、その周りにも
白い粉が飛び散っていて、容易に動きも掴むことができた。
フェイドアウトは一瞬唖然とはしていたものの、一回
くしゃみをしてから、唇についた粉を舐め、
「なんてことをしやがる」そうぼやき、
「コカインじゃないか!」と吐き出した言葉に、
ブレナンが頷いて応じると、
「いったいいくらすると思っているんだ?
百万はくだらん量だぞ」と言葉が継がれたところで、
ブレナンは缶を捨て、38口径をフェイドアウトの額の
辺りに向け、「だったらどうだというのだ」と冷たく
言い放つと、
白い粉を被った6フィートの砂糖ドーナツのような
姿でおじけづいた様子のフェイドアウトは、
それでも「怒っているのか」と訊き返し、
「もちろん怒っているさ」ブレナンはそう応え、
「怒りを解く気はあるか?」と言い添えると、
「どうすればいい?」と訊き返され、
「クリサリスの日記だ」と応え、
銃で頭を示しつつ、
「さもなくば頭を吹き飛ばしても構わない。
もし読んだなら、デッドヘッドを探し出せば
いいだけの話だ。あいつも飢えていると
いうものだろう」
デッドヘッドの名を聞いたフェイドアウトは、
デッドヘッドが脳を食べることを思い出した
ようで身震いをしてから、
「わかった、いいだろう。誰かを使いにださせてくれ。
あれはアパートにあるから、とってこさせにゃならん」
「呼び出して、持ってきてくれるのだな」
「そういうこった」
「こっちだ」ブレナンが銃で示した方向に、
フェイドアウトはゆっくりと用心深く
着いてきて、
「ここだ」とブレナンが告げた場所に入ってきた。
そこは応接間と居間を兼ねたような部屋で、
以前ブレナンが椅子に縛りつけられて囚われた
ことのある、あの部屋だった。
「踏んだり蹴ったりですな」
部屋に入っていくと、クインがクスリが切れたのか、
まともな状態に戻ったような口ぶりでそう言っていて、
そこにフェイドアウトはクインに胡乱な視線を向けつつ、
「どうなってるんだ」などと言っていたが、
「そこに座れ」ブレナンがそう命じると、
フェイドアウトはクインの隣に腰かけ、
クインのコレクションの中にあった
拘束具を手渡すと、黙ってそいつに袖を通し、
ブレナンは難なく縛り上げることができた。
それから念の為、革紐を使って椅子に固定して
動けないようにした。
もちろんその紐もクインのコレクションに
あったものだ。
「さてそれでは連絡してもらおうか」ブレナンがそう告げると、
フェイドアウトはもはや観念したとみえて、姿を消す労も
とっておらず、言われた通りにした。
それから二人を見張りつつ待っていると、
フェイドアウトは二言三言言い訳じみたことを
言いだしたが、ブレナンが耳を貸さずにいると、
諦めたのか黙りこんでいた。
そうしていると呼び鈴がなって、ブレナンが返事を
返すと、
メイ・ウェストの仮面をつけたワーウルフ団員がドア脇に
立っていて、そいつから革の装丁が施された見覚えのある
日記が手渡された。
「もういい」ブレナンはそう告げて、
「郵便配達人ではないのだから、チップはなしだ」
そう言い添えると、
ワーウルフは露骨に失望した顔をして、帰っていった。
そこでブレナンが部屋に戻ると、
「いいだろ、もう届いたのだから」
フェイドアウトがそう言っていて、
「いつ解放してくれるんだ?」そう言い募ったが、
クインの方を向いて、
「従業員はいるのか?」と訊くと、
「いるとも、日曜には出勤しないがね」と応えた。
「明日には来るのだな?」そう訊き返すと、
クインは黙って頷いていた。
「そのときに解いてもらういい」そう告げて、
そこを出ようとしたところに、
「私はそれでいい」クインはそう言っていて、
「この気分を新しい薬の調合にいかせそうだ」
などと言って悦にいっているではないか。
フェイドアウトはといえば、諦めきれない様子で、
「おい、カウボーイ」そう呼びかけ、
「ほどいてくれたっていいじゃないか」と言い募ったが、
ブレナンは被りを振って否定し、
「殺されなかっただけ、運がいいと思うのだな」
と告げると、
「おい待てよ」フェイドアウトはそう叫んだが、
今度は足を止めずにいると、背後から
「あんなものに何の価値があるというんだ」
とけたたましい笑い声と共に嬌声が浴びせかけられたが、
そのままそこから出て行った。
ドアを開けたままにしておいたのは、これなら泥棒も
入りやすいだろうし、そうなればいい面の皮だ、と
思ったからだった。
外に出て、フェイドアウトの真新しいBMWを見て、
それに乗って街まで戻ることにした。
そうしてBMWの前に立ちながら、フェイドアウト
言ったことを考え始め、そのまま配線を触って
エンジンをかけ、乗り込んでそこで日記を開いて、
中身を眺めていた。
確かにフェイドアウトが言った通りの代物だった。
具体的なことは何も書かれていない、クリサリスの
思ったことが雑然と書かれていただけだった。
疑念、恐怖、心配等々だ。
そこで一年半ほど前までページを捲ってみると、
そこにはブレナンが護衛を断った日のことが書かれていて、
それがクリサリスに会った、最後の日のものとわかった。
(どうして)そう書き出され、
(こんなに怖いのかしら。この姿を隠さずにさらすことには
何も感じないというのに。
実際この見た目でいることを愉しみこそすれ、嫌悪の
視線を向けられたところで、それはいつものことで、
もはや気にすることすらなくなっている。
醜くくても、情報と引き換えに愛を交わすことはできても、
私そのものが求められることがないとしたら、
それは恐ろしいことではないかしら?
目的を果たして、必要な情報がなくなったから、
あの人は私を捨てるのではなかろうか?
なんて臆病な私?それが怖いというの?
さようなら。私のアーチャー。会えなくなるのは残念だけれど、
それも元の私に戻るだけのことにすぎないのにね)
ブレナンはそこまで目を通すと、日記を落としてしまっていた。
これ以上、読むべきじゃない。
いや誰にもこれを読む権利などない。
ともあれ最後の数ページに目を留めて、その死に関係することは
書いてないことを確認してから、BMWからライターを見つけだし、
日誌に火をつけ、灰になるに任せ、クインの庭園の芝生に落とし、
そのまま葬ることにしたのだ。