ワイルドカード6巻その15

                       ヴィクター・ミラン

響く雑音を振り払い・・・まともに仕事をするためには、Valium安定剤を飲まなければならなかった・・・
モデムは内蔵式であるに対し、ホテルのモジュラージャックは電話同様古式ゆかしく壁に縛り付けられている・・・
二股の受話器を電話台に置くように、今のところはそこに接続するしかあるまい・・・
それから物憂げに腰を降ろして・・・
重いカーテン越しに差し込んでくる微かな午後の灯りにも似たデータの奔流が、そこを通してポスト社のコンピューターに
くるくる回りながら、切り込まれるように流れていく・・・
その心地よさに包まれながらも・・・
想いはアンディの死の記憶に返っていく・・・
そうあれは12年前の民主党党大会会期中のことだった・・・
ジョーカータウンの暴動の影にも何者かが潜んでいて、秘かにてぐすねを引いていたのではなかろうか・・・
そうあの忌まわしき死のごとくに・・・
そこからすべてが始まったというのにわたしときたら・・・
二人の人間が、いや三人か、微かな疑惑に行き当たったであろう者は・・・
そうタキオンも気づいていておかしくはないはずだから・・・
それをハートマンに対する盲信で覆い隠しているにすぎまい・・・
その男の被っている貴公子然とした上院議員としての社会的仮面の
奥、それを暴けずにいた・・・
わたし、それにかのクリサリスさえも・・・
クリスタルパレスをのみではない、
ジョーカータウンの情報をも仕切る
ブローカーにしてオブサーバーで・・
あの毒蛇に辿り着くのも時間の問題
だったに違いない・・・
そうグレッグ・ハートマンという名の
Cobra毒蛇だ・・・
それともそこに辿り着いたがゆえに、毒を
吹きかけられ一飲みにされたという
ことだろうか・・・
スクリーンに浮かぶ微かな光をみつめながらふと思う・・・
あの人とどうして手を携えなかったのかと・・・
だがそれも一瞬にすぎず、すぐにその可能性を拭い去った・・・
スタックド・デッキでは仲間のような微妙な関係を築きはしたが、
情報に関して言うならば、本来商売敵と呼べる・・・
そういう存在を受け入れるというのは互いに容易ではなかったということだろう・・・
それだけの話なのだ・・・

アップロード完了 ビープ音とともにスクリーンに表示された文字がそう告げている
素早くコードを外し接続を切ると、辺りは突然の静寂に包まれて・・・
現実が重く覆いかぶさってくるように思え怖ろしくてならなくなった
わたしも狙われているのだ・・・そうして感情の伴わない感覚が重くのしかかってくる・・・
クリサリスが真実に辿り着いたとするならば、あの男は当然わたしもそれを知ったと思うのではなかろうか・・・
そこでよぎったハートマンの横顔に対する感情を脇に追いやりながら・・・
自意識過剰というものではなかろうか、リッキーもそんなことをいっていたじゃない
自然と自分で茶化している・・・
そう自分を客観視することで冷静になれる、ジャーナリストとして身につけたのはまずそれだったのだから・・・
そうしてNECの電源をおとして、蓋を閉じ、ショルダーバッグに入れて、小脇に抱え立ち上がる・・・
だとしたらタキオンならばどうだろうか・・・
ジョーカータウンで起こったあの事件にシリア、そしてベルリンの件を結びつけて疑いを持っているのではあるまいか・・・
わたしの言葉を信用できないというのであれば、こころを読ませればいい・・・
まだわたしに魅力があるならば・・・篭絡するという手もあるだろう・・・
ダフボーイの冤罪自体がハートマンの仕業ということすらありえる・・・
そうなれば話が早いというものだろう・・・
いやこれは話が飛躍しすぎというものか・・・
ともあれあの視察旅行以来、男っ気はなしできたわけだからそういった魅力は己に期待できないにしても・・・
あまんじて殺されてはやるまい・・・アンドレアの仇を討つそのときまでは・・・
タキオンはみすみす据え膳をくうタイプではないとしても、それでもぶうぶう文句をいうだろうが・・・
だとしてもそれがなんだというのだ・・・
ヒルトンのロゴのついた灰皿に煙草をおしつけ、その死の匂いのしみついた白い手首と浮かんだ青筋を
見つめながら、ドアに向かって歩き出したのだ・・・
これまでもずっとそうしてきたのだから・・・