ワイルドカード6巻 その32

          ジョージ・R・R・マーティン

             1988年7月19日
               午後1時


ハイラムはマリオットのスイートを借り切って宴を催している。

グレッグも顔を出すし・・

ニューヨークの代議士やその家族の顔も見える・・・

煙草の吸殻にピザの空き箱が積みあがったかと思うと・・

次はピロシキが運ばれてくるのである・・・ 

一つを手に取り頬張ると、サクサクした生地の感触と共に、

マッシュルームの豊かな味わいが口に広がっていく・・・

コートの裾からくずを払いながら、ハイラムの肩を叩いて声を

かけた・・・

巨体に正装というのはいつものいでたちながら・・・

目の下に大きな隈をつくり・・

肌は士気色でけして健康には見えない・・・

「全部一人で調理しているわけでもあるまいに・・」

タキオンがそうからかうと・・・

「秘伝があるんだよ・・」ハイラムはそう応えたが・・

「そうかもしれんがね・・」

屈んでレザーパンプスにかかったパン屑をハンカチで払いのけ、

立ち上がってから思い切って訊ねる事にした・・・

「ハイラム、具合が悪くはないかね?」

激しく吐き出された険悪な声が返されてきた・・

「どうしてそう思う?」

「そう見えるからだよ、後で私の部屋に来たまえ、

調べた方がいい」

「いや結構、その必要はないよ、単に疲れているんだ」

ハイラムはその平板な顔に笑顔らしきものを貼り付けて応えたが、

その表情は下手な書割のようにしか見えはしない・・

タキオンは鉛筆の芯のように細い息を吐き出して、

首を振り、目の前に現れたダニエル・モニハン上院議員

意識を集中することした・・・

ハイラムを意識から締め出すかのように・・・

歩き回って、笑顔を浮かべ、握手して回った・・・

いまだにこの習慣には違和感を感じ続けている・・・

タキス人はそのようにはふるまわない・・・

テレパス同士が身体の一部を親しく触れ合うことは好まれず、

親しい間柄や親族は全身で抱擁を交わすが・・・

地球人相手ではそれは極端な態度で問題とされる・・

軽く触れただけではよそよそしすぎるというものだし、

身体全体の抱擁では、ことに男性に対してはこの星では

ホモセクシャル性的倒錯者と疑われかねない・・・

そうして物思いに耽りながら、手袋に覆われた手の指を

掴むようにして何度もためつすがめつしていると・・・

タキオンにむけられた複雑と言える視線の主に気がづいた・・・



男は窓の下のソファーに腰を下ろしていて・・・

三人の笑いさざめく女性に囲まれている・・・

一番若い女性は跪いて・・・

男の後ろでよしかかっている女の子はその娘の姉妹のようであり・・

彼の隣には白髪交じりの女性が腰をかけていて・・・

男に据えられたその暗い色の瞳には愛情が滲んでいて・・

その光景は、タキオンがその人生において得ることのできなかった

温かみに満ちている・・・

「お願い、パパ」若い娘にせがまれて・・
「1フレーズでいいの・・・」
そこで娘の声が広がりと深みのこめられたものになって響いた・・・
「何を請い願おうや?
あるいは公の名たるや?
片目には名誉、もう片目には死を湛えてしかとみよ・・・
神はその御力もて死への恐怖よりもなお名誉を求める心を
増したもうぞ・・」
「駄目だ、駄目だ、そうじゃない」
断固とした口調で、首を振りながら男が駄目だしをしているところろであり・・
「この場でジュリアス・シーザーとは穏やかじゃありませんな」
それはささやかな突っ込みのつもりであったが、4組の視線を
集中させることになって・・・
男は白髪交じりの顎鬚を神経質に撫でながら胡乱な目を向けている・・
「これは失礼いたしました、私はタキオンと申します・・」
「存じておりますわ」
ソファーの後ろに立つ娘がそう応えながらも・・
緑にピンクといったタキス流の装いに目を丸くしつつも
おどけた視線を妹に向けている
「ジョッシュ・デヴィッドソンです」
そこでそう名乗った男が傍の女性を示してから続けた・・
「私の妻、レベッカ・・それに娘のシェリアとエディーです」
「魅惑的なご家族ですな」タキオンが男の仕種につられたように
指三本の背で唇をなでていると・・
エディーと呼ばれた娘が父と姉の間の視線をさまよわせながら
くすくす笑い声をあげている・・・
彼らの間に感情が立ち上っているのが感じられはするが・・・
タキオンにはそれが何かはわかりはしない・・・
何かを隠しているのだろう・・・
だからといって精神を読み取ることもできない、
その権利がないのもあるが・・
地球に40年に渡り滞在して学んだ教訓に、
フィルターリングの必要というものがある・・・
きちんと訓練されていない精神はあまりにもごちゃごちゃ
していてうんざりさせるものでしかないということを
タキオンは弁えているからだ・・・
「そういえば憶えています」
「去年の冬に『人形の家』に出ておいででした、
あれはすばらしかったですね」
「あら嬉しいわ」
[あなたが代議員をなさっているのですか?」
「いいえ、まさか、ねぇ」
女性が笑いながら応えた・・
「娘のシェリアの付き添いにすぎませんの」
「パパったら政治が絡むと話が辛辣になるから」
と妹の方が口を添えてきた・・
「ここに引っ張り出すのも一苦労だったのよ」
「物事はしっかり見据えてかからなくてはならんぞ、Yonug lady(おちびちゃん)」
「まだ私が10歳だと信じているのよ」
何かを告白するようにタキス人にウィンクしてからそう呟いた・・
ご意見番というわけですな」
デヴィッドソンは鋭い視線で世の父親の多くが口にする言葉を
無言で示している・・
俺の娘に手を出すな、ただですまさんからな、というやつだ・・
タキオンはそれを巧みに交わしながら、デヴィッドソンの娘達に笑顔を
向けて言葉を継いだ・・
「レディー方を明日のランチにお誘いしてよろしいかな?」
「閣下」そこでシェリアが辛辣に言葉を継いだ・・
「あなたのお噂はうかがっておりますのよ」
「何と嘆かわしい名声か」
タキオンが大仰に胸に手を当て消沈を示しつつそう応えると・・
「いい気味だ」
そう応えたデヴィッドソンのその瞳からも笑みがこぼれているように思える
「政談に混ぜていただけませんかな」
「失礼ながらご遠慮いただこう」
そこで社交的な話が交わされて、タキオンはその場をあとにすることにして・・
背中に向けられた視線を感じながらもタキオンは振り返らなかった・・
魅力的な女性達であるにかかわらず、
それは失望するために破滅に首を突っ込むというものだろうから・・