ワイルドカード6巻 その38

          ウォルトン・サイモンズ
            1988年7月19日
              午後11時



       碌なことのない一日だったじゃないか・・・
スペクターは枕が二つ並べられたベッドの上で手足を伸ばし・・
片手にTVのリモコン、もう片手にウィスキーのボトルを引っつかみ・・・
就寝前の決まり文句のようにその言葉を口にするのだ・・
そう言い聞かせることで自分自身に言い聞かせているのかもしれない・・・
信じられないような幸運がなければ、このビルに立ち入ることすらできなかった
だろうから・・・
これでは運がよすぎるというものだ・・・
とはいえハートマンがどこにいるのかはわからない・・・
記者会見の時以外はということだが・・・
そして政治家という人種はそこで尋問されでもしない限り・・・
他の人間に関心を示すことはまれであるということはわかっている・・・
だから努めて関心を引かないようにしているのだ、と己に言い聞かせ・・・


一口飲んで自動選局でチャンネルを流していると・・・
アトランタがまたこてんぱんにされていた・・・
今回の相手はthe Cardinalsカーディナルズだった・・・
ニュースはというと政治家に対する戯言で満ちている・・・
ハートマンは身持ちの悪いリポーター女を食い物に
したのか?
レオ・バーネットは神の言葉を本当に聴いていると
思っているのか?
とやらだ・・・

依頼さえあれば喜んでこいつらを皆殺しにするだろう・・・
政治家などという生き物はモラルに欠けるくせに法律家を盾に
倫理を説くのだからたまったものじゃない・・・

そうこうしているうちに古い映画のチャンネルでようやく落ち着いた・・・
フランス革命時代の話で、「マンガの王様レオナード」に出てくる
Odie Cologneオーデ・コロンのような話し方をする男が出ているやつだ・・・

どこかでこの男を見たような気もするが・・・
段々それもどうでもよくなってきた・・・
色はついているもののどうにも不自然で・・・
画面で何かが動くたびに色がぼやけて見える・・・

テッド・ターナーの映画なら、彼の野球チーム同様これよりましと
いうものだろうが・・

そうしているとトニーのことが思い起こされてきた・・・

彼はハートマン陣営の重鎮に納まっているというのだ・・・

トニーはいい奴で、スペクターですら好感を持っている・・・

彼が巻き添えになることを考えると胸が痛んでならない・・・

画面では主演の男が窮地に立たされて、ギロチンに送られようとしていているが・・・

それに対しては何の感慨も持ちはしなかったというのに・・・

それでもいたたまれなく叫びだしそうになりながら・・

かつて知ったる感覚としての死というものについて考えていた・・・

ハートマンに近づくにはトニーを利用するより他に方法はあるまい・・

他に方法はないものだろうか?

これまでも友達を利用したことなどなかったではないか・・・

ほとんど友達などいないのもかかわらず・・・

この状況が気に病まれてならない・・・

映画では金髪の人間の首がギロチンの露と消え・・・

主役の男の順番が巡ってきたところだった・・・

「そうだ何か、何か方法があるはずなんだ、ずっとましな方法ってやつが・・」

そうしていると男はギロチンの前に立たされたが・・・

気高く、恐れもなく、平然とした顔をして・・・

そこで一瞬カメラがパンしたのち・・・

首がごろんと転がり落ちた・・・

「こんな落ちがあってたまるか」

スペクターはそう叫んでテレビを消すと・・・

ウィスキーの酔いが広がって・・・

光が消えていったのだ・・・

闇に沈み込むようにして・・・