その7

   メリンダ・M・スノッドグラス
       午前11時


     「ドクター!」
柔和な顔に不似合いなその鋭い瞳は・・・
マリオットのロビィにいる何者をも見逃さないと
みえる・・・
タクはその言葉に軽く会釈して返した・・
       「師父」
「党大会から逃れておいでですかな?」
「幾分混乱しすぎていますから・・・」
「失望なさいましたか?」
ジェシィ・ジャクソンが穏やかにそう
訊ねて来た・・・
「いえそれほどではありません」
タクは思案げに頭を垂れつつ応えた・・・
「あなたもそうではないのですか?
ここはいわば敵の橋頭堡といえるのでは
ありませんかな?」
「私はグレッグ・ハートマンの敵ではありませんよ」
「それでは出馬をとりやめて、上院議員
協力なさってはいかがでしょう?」
ジャクソンははにかみながら応えた・・・
「ドクター、なかなか辛辣ですな・・・
少し話しませんか・・・」
そういって壁側に備えられたソファへと
促された・・・
そうしているとAP、Sun Times、ポストの
記者がバラクーダのように群がってきて・・
Straight Arrowストレイトアローが瞬き一つ
せずその様子に気を配っている・・・
この男はユタ州から来たモルモン教徒で、
ジャクソンのボディガードを勤めているエースだ・・・
どうやら保安畑の人間たちにもタキオン
醜聞は伝わっているとみえる・・・
そう考えて辺りを見回すとロビィの至る所に
武装した人間が散らばっているようだ・・・
「あなたの部屋に行った方がよくはありませんかな?」
ジャクソンはタキオンのその言葉に口ひげの下の
白い歯を覗かせて笑顔で応えてきた・・・
「かまわんでしょう、見たければ見せておけばよいのです」
どちらにとっても諸刃の剣といえるかもしれない・・・
タキオンにしたところでハートマンに対する信義を疑われ
かねないというものだ・・・
それともジャクソンはハートマンとの間に水を差すつもり
でもあるというのだろうか・・・
ともあれソファに腰掛けることにした・・・
背の高い黒い男と、どちらかといえば小柄な異星人が脚を
組んで並んで座っている姿は傍から見るとさぞ奇異に写る
ことだろう・・・
「率直に申し上げて、私に鞍替えしていただきたいのです」
ジョクソンのその言葉は幾分唐突に思えるものだった・・・
「何とおっしゃいましたか?」
「言葉通りのことを申し上げたのです・・・
「ジョーカーとエースの融和を目指すならば、
私は理想的な候補ではありませんか?
きっと新しい世界が築けますよ・・・」
「ここに来てすでに42年たちますがね、師父、
融和などが実現したことはありませんでしたよ」
「絶望して世をはかなみ皮肉をいうのではなく
闘ったらどうかと申し上げているのです・・・
共に手を携えてです・・・」
そしてジャクソンは一呼吸ついてから言葉を継いだ・・・
「同じ目的のためにです・・」
「あなたと?私の求めているのはある種の保護ですが、
あなたの求めているのは大統領の椅子ではありませんか?」
「私が大統領になれたなら、あなたのいう保護を実現できるでしょう・・・
もちろんそれはジョーカーのみではなく、私の同胞も含めての話です」
ジャクソンはそこで少し考え込んでから言葉をついだ・・・
「ドクター、私の祖先がこの国に連れてこられたのは奴隷船で・・・
あなたは宇宙船でこの国に来たとしても、今は同じ舟に乗っているの
ではありませんか・・・
もしバーネットが大統領になることがあれば共に苦しむ人々がいると
いうことです・・・それでもいいのですか?」
タキオンはその言葉に首を振って応じていた・・・
受け入れがたいというより混乱の感情の方が強かったのだ・・・
「わかりません、グレッグ・ハートマンは20年来の友人なのです、
その友をどうして裏切らなくてはならないとおっしゃるのですか?」
助けは必要です
しかしそれでは
信じられるのではありませんか
そうした混乱にも構わず言葉が返されてきた・・・
「彼は勝てないかもしれないからです、私の陣営にさえ<ハートマン
外し>という流れが伝わってきているほどですからね・・
もしグレッグ・ハートマンが勝てないなら、マイケル・デュカキスと
したところで勝てはしないでしょうな・・・」
「あなたなら勝てると?」
一瞬自嘲的な笑みが微かな灯りの如く浮かんだように思われたが・・・
「ええ、私ならば可能でしょうな」
そう応えたときにはその笑みは消えうせていた・・・
そしてタキオンに険しい視線を据えたまま続けた・・・
「棄民という言葉をご存知ですか?そういう言葉があることを考えたことも
ないのではありませんか?つまりあなたにとって我々はそうした存在だということ
なのでしょうな・・・」
いつのまにかタキオンの肩を掴んだその手に力が込められている・・・
タキオンはその手にそっと手を重ねてふと見ると・・・
己の手は爪も手入れていて指もひょろ長く思える・・・
それに何よりも色が異なっている・・・
「あなたとバーネットは同じ神を信じているとされていますが、
どうしてそうも違ってしまったのでしょうね・・・」
「良いことに気づかれましたね、ドクター、
とてもよいことに気づかれました」
そのときタキオンの足元の煉瓦敷きに飛行エースグライダーが
静かに落ちたのに気づいて・・・
それを掴みあげ、白い飾りのついた袖から伸びた指でそっと空に
放っていた・・・
ジャクソンはそれに咄嗟に手を伸ばすようにしてから・・・
その黒く塗り込められたような顔でそれをみつめていたが・・・
ふと己の頬をなぞるようにしてから思い切ったように言葉を継いだ・・・
「あなたが気が進まないとおっしゃるのはかの方に義理立てしていると
いうのではなくて、私の肌が黒いからではありませんか?」
タクはぴしゃりと打ち据えられたように感じながら言葉を返していた・・・
「灼熱の空にかけて(なんてことを仰るやら)、けしてそのようなことは
ありません」そして顔を上げて言葉を継いだ・・・
「これだけは信じていただきたい・・・
もしグレッグ・ハートマン以外に誰かを選ばなければならなくなったと
したら、師父・・・必ずあなたを選ぶだろうということをです・・・
なぜならタキスにおいては、あなたの人間的魅力こそが最も貴いものとして
敬われるからです・・・」
そこでジャクソンはようやく微笑を浮かべて応えた・・・
「そこはお世辞ととっておくべきですかな?」
タクは当然のごとく応えていた・・・
「Of the highest(誓って真実です)、Of the highest (真実ですよ)」と・・・