その1

  1988年7月25日 月曜
      午前8時

    スティーブン・リー


「あんたの政治生命は終わったんだ」
そう言ったデヴォーンの声はむしろ
晴れ晴れとしたもので・・・
グレッグは殴られた方がまだましだと
想いながらも・・・
パペットマンがいてくれたら、そう仕向けることも簡単だったろうに・・・
パペットマンはもういない、死んだのだ・・・


「私はやめるつもりはないよ、チャールズ」
グレッグはそう言い募っていて・・・
「聞こえなかったのか?ちょっと躓いただけじゃ
ないかね?」
「躓いた、だって?Christおいおい、グレッグ、
まだそんなことを言っているのか?」
デヴォーンはそう言いながら、手に持った神束を
ばたばたと振ってみせて・・・
「新聞の論説も読んでないのか?アメリカ国民の
82%までがあんたは不適格だと断定しているのだぞ、
ABCとNBCの夜間電話調査によれば60%の確率で
あんたはブッシュにすら勝てないとでているんだ・・
CBSだともっとはっきり言っている・・・
90%の人々があんたの指名を取り消すべきだと
考えているとね、俺も同じ考えだよ」
そうしてデヴォーンは閉じられた選挙本部の後を
見つめながら・・・
「ジャクソンも気の毒にな、それでもまだあんたを
庇いだてしているようだがね・・・」
そして容赦なく言葉を継いでいた・・・
「委員会からあんたの離脱を求めると言ってきて、
俺はそいつを受けると伝えておいたよ・・・」
グレッグはそうして椅子に崩れ落ちるように感じ
ながら・・・
テレビではグレッグが(タキオンが演じていたのだが)
錯乱したさまが何度も映されているのを眺めながらも、
立ち上がってブラウン管を蹴り落とし黙らせてみせたが、
デヴォーンは眉を吊り上げてみせただけで何も言いは
しなかった・・・
世論調査なんてくそくらえだ」
グレッグはそう言って食ってかかるようにデヴォーンを
睨みつけながら・・・
「そんなものは信じないにこしたことはないさ、ブッシュと
討論して散々やりこめてやればどうとでも覆るというもの
だろうからね・・・」
「あんたとの討論なぞブッシュは応じないだろうね、もはや
鼻にもひっかけちゃいないだろうからな、悪いことはいわん
降りた方が賢明というものだよ、グレッグ」
「おいおい、チャールズ、私はすでに候補になっているのだよ、
そうではないのかな?誰がどう考えようが、この党大会で選ばれた
のは誰あろう私なんだ、このまま続けるつもりだよ、ジャクソンも
味方についてくれているじゃないか、彼の人脈をもってすれば・・」
「たとえあんたが下りないとしても、彼の方が手を引くのは間違い
あるまいて」デヴォーンがそう言ってのけた表情はいけすかない
英国の王様が浮かべるようなあからさまなものだった、そうタキオン
浮かべるような表情だ・・・
アメリカ中にあんたの醜態がTV中継されちまったんだぜ、誰もが
思うだろうな、国家の一大事にこの男にホワイトハウスのボタンを
委ねたらどうなってしまうだろうか、とね、もちろん俺も同じ考えだ・・・」
Damnこん畜生が、醜態というが、あれは私が話していたんじゃない、
実際はタキオンが話していたのだよ、あいつが私の精神に入り込んで
やらせたことだと何べん言えばわかるんだ?」
「あんたはそう言うがな、それを証明する機会など与えられんだろうな、
それにな、グレッグ、どんな言い訳を思いついたところで、76年に
あんたがさらした醜態にはタキオンが何の関りもないことは誰でも
知っていることだからな・・・」
Goddammn youくそ忌々しいことを言いやがる!」
グレッグはそう悪態をついて、両手でデヴォーンを押しとどめる仕草を
してみせると、デヴォーンはいかにも心外だという表情を浮かべつつ・・
「その手をどけてくれないか、グレッグ」と言い出したではないか・・・
もしパペットマンが健在ならば、鼻を明かして、這いつくばらせることすらできたに違いないというのに・・・グレッグはそう思いながらも深く息を吸い込んで手を離し・・・
その手を汚れたかのようにズボンで拭ってみせてから・・・
「私にはひくつもりなどないのだよ」と穏便に聞こえるよう言い募ったが・・
「あんたがどう考えようが議会が再招集されてからでは、どう抵抗しようが
無意味というものだよ、撤退するべきだよ、それがあんたのほんの僅かでも
残されているかもしれない尊厳を守る唯一の道だ、これが最後の忠告だよ、
上院議員・・・」デヴォーンは軽蔑も露わにそう言い放ったではないか・・・
ともあれグレッグはカウチに向おうとしたが、、足元にはブラウン管の欠片が
散らばっていて、そいつを踏みつけ飛びあがるようにしてカウチに転がり込んで
悪態をついていたが・・・
ダヴォーンは見つめてはいるものの、やはり黙って何も言いはしなかったが・・・
そこで顔をあげ・・・
「首の皮一枚で繋がって喘いでいるというところだろうがね、だったらとっとと
トニーにでも辞任会見の原稿でもかいてもらったらどうかね・・・」
そう言ったデヴォーンに・・・
「あんたが書いてもらえばいいだろ、そしてそれを読むといい、個人的に楽しむ
分には何の害もありはしないからな、それよりエーミィに、私とエレンがアトランタ
から出る手配を頼みたいんだが、どうかな?」と返したが・・・
「自分で言ったらどうだね、俺はもうあんたのために働くつもりはないからな」
デヴォーンはそこで何かを振り払うように首を振って見せてから・・・
「あんたのためにできることはすべてやったがあんたはそれを足蹴にすることしか
しはしなかったからな、デュカキスだったら私の能力を高く買ってくれるかもな」
そう言い放つとデヴォーンは精一杯取り澄ました顔をして部屋を出て行ったところで・・・
私服警備員が様子を伺ってきたが、グレッグと絨毯の上に散らばったガラスに壊れた
ブラウン管を交互に見かわしてすぐにドアを閉めてしまっていて・・・
そのままグレッグはカウチに沈み込んでいた・・・
腰が砕けたように・・・
もはや一人で・・・