その2

    メリンダ・M・スノッドグラス
         午前9時


モルグで過ごす時間というものは美しく静謐で
あると言っていいだろう・・・
完璧に清められていて何一つ本質を歪められて
はいない・・・
とはいってもそこにあるのは等しく冷凍された
肉の塊にすぎないわけだが・・・
「こちらへどうぞ」
そう声をかけられてタキオンは処置室に降りて
行った・・・
案内してくれている男の目は、タキオンの切り
落とされた腕を一瞬見てからすぐに逸らされて
いて・・・
「こんな患者を診るのは初めてですよ、その点
あなたならエキスパートだと思いましてね・・」
「お気になさらないでください、実際この体たらく
なのですから・・・」
そう返して男から前掛けとマスクを受け取って
身に着け、テーブルの前まで歩いていくと・・・
青ざめた顔をした女が肋骨切断具を死体の
腹部に当てたまま、油断のない視線で首の
ない死体を見つめて居るではないか・・・
その死体は脚から胸まで切り開かれていて、
肋骨が切り取られていて黄色がかった大腸が
覗いているが・・・
ろっ骨が巻きひげのように伸びだしていて・・
切断された首の皮膚も伸びて、その中心から
まるで小さな芽が生えたように神経が伸びだして
いるではないか・・・
タキオンは恐ろしさを感じつつも魅入られたように
もっと良くその死体を見ようと近づいていきながら、
抑えきれずに・・・
「これでは・・・まるで・・・」と呟いていると・・
「新しい頭が生えてきているようですね、そうです」
そう継がれた言葉を聞きながら、伸びた神経の先に
未発達の目と思しき器官まで形成されているのに
気づいて慌てて視線を反らしていた・・・
突然この瞳が開かれたらどうなるだろうか?
ディマイズの能力が健在なのではなかろうか?
この男は一度ならず死の淵から戻ってきた身ではなかったか?
そんなまさか!
タキオンはそう呟くと、屈んでブーツの鞘から小刀を取り出し
尻を叩いてみせると・・・
死体は動いて反応したではないか・・・
Shitそんな莫迦な!」女はそう叫んで・・・
M.E.(Medical examiner:監察医)の男は一目散に
ドアの前まで駆けだしていたが・・・
ドアの前で立ち止まり・・・
「こ、こいつは一体・・・」などと呂律の回らない
調子で呟いているところに・・・
「過ちというか計算違いと申しましょうか、
我が身内というか宿敵が神を気取って失敗した
落とし種といったところですか、ともあれとっとと
検死を済ませて火葬してはいかがでしょうか?」
「それがいいですね、異存はありませんよ、ところで
灰はどういたしましょう?親類にでも手渡しますか?」
「私はいわばこの男の親代わりといった立場に
ありますからね、私が引き取りますよ・・・」
「ドク、あなたは奇特なお方ですね・・・」
女はそう言ってため息をつきつつも、胸部から
伸びた肋骨をしっかり切り取っていたのだった・・・