その3

     ヴィクター・ミラン
       午前10時


<党大会、エースの闘いで血に染まる>
ゴシップにまみれた新聞記事を眺め溜息を
ついて、放り投げたい気分に襲われつつも
忌々しいけれど、あなたの言う通りだったわね
タキオンが名乗り出るかと思ったがそうは
しなかったということか・・・
これがタキス流の名誉の保ち方ということ
だろうか?
些かご都合主義な名誉にも思えるが・・・
金曜の夜を共にした際に・・・
幾分ぶしつけに・・・
ハートマンを告発し復讐を果たしたならば、
バーネットが選出されて、一体どれだけの
罪のないジョーカーの命が犠牲になることか
タキオンはそう言っていたものだったが、
「どうだか」そう口にだして否定してみたが・・
何人かのジョーカーから痛ましい傷痍軍人
見るような視線を向けられはしたものの・・
セイラであるとは気づいていないようだった・・
そういえば豹の仮面を持ったままだった・・・
ピーチツリーのGutter 掃き溜めを通る際になくした
気でいたが、あの混乱の中、よく残ったものだ・・・
そんなことを考えていると脚で何かを踏み割った
ようで見てみると・・・
泥まみれながら、JADL(ジョーカー反誹謗同盟)の
テントで使われていたプラカードのようで・・・


1950年のユダ、ジャック1988年にはタクが裏切った・・・どちらも大差なし・・・


などと書いてあって思わず頬を笑みのかたちに緩ませて
いた・・・
マッキィが死んだ以上もはや部屋に戻っても心配ない
だろうが・・・
今日はジーンズに淡いブルーのブラウスといったラフな
装いで・・・
黒い肌の特派員の男から黄色い泡をまき散らすジョーカーが
出没すると聞かされていたから、CBSの移動バンの中でリーボック
履いてでてきていたのだ・・・
「ピードモンドパークは昨夜大よそ300人ものジョーカーが
逮捕されたことでもはや閑散としているというものの・・・
それでもまだジョーカーはうろついていて、テント群の名残と
いうものがあちこちに見受けられます・・・
アトランタ市長アンドリュー・ヤングのジョーカーを見かけたら
手当たり次第に逮捕せよという指示はもはや撤回されていて・・
マサチューセッツ州知事マイケル・デュカキスはハリス知事に
戒厳令をしくことを強く要請したが断られたことを根拠とした
とのことで・・・」
数人しか見当たらないにしても、彼らの目には断罪する意思が
燃え盛っていて、セイラ自身秘密を明かさないことを固く誓って
いる以上、このまま憎むに任せておくよリ他はあるまい・・・
そうした方がいいというものだろう、もはや鏡の前で目を開いたとしても、別の貌が見えるという心配もないというものだろうから

抱えた小型テレビの冷たい感触と共にTom brokow
トム・ブロコウの声が聞えていて・・・
「・・・ブライズ・ヴァン・レンスラークリニックの外に
は数百人のジョーカーがひしめいていて、警察とエースが
共同で取り締まっています・・・」
そこでカメラは緑の水かきのついた6本の指に支えられた
プラカードを映し出した・・・
Knave of Heartsハートのジャック手札に上がり、
ジョーカーを叩く>と書かれていて・・・
それからカメラは、Canker(口毒)という名でセイラが
覚えている一人のジョーカーを映し出していた・・・
おそらくこいつもジョーカータウンクリニックを包囲している
連中の一人ということで間違いあるまい・・・
そしてカメラに向かって・・・
「エースどもはジョーカーを締め付ける豚どもの手先になり
さがっていやがる」
そう言い募って非常線を指し示し・・・
「エースはクリサリスにしたことの報いを受けるべきだ、
そのためにジョーカーは立ち上がったんだ」とも言っている
ではないか・・・
タキオン、ああタキオン、あなたは何を犠牲にしたかわかっているのだろうか?
もちろんセイラ自身の評判を地に落としもしたし、これまで積み上げた
ことすら水の泡に消えてしまっているが、その一方で復讐を果たすこと
ができたのだからそれでちゃらになったといっていいだろう・・・
パペットマン(それがハートマンが己の能力に名付けた名だとタキオン
言っていた)は死んだのだ、ディマイズが片をつけてくれたのだ、マッキィ・
メッサーに首を落とされるその前に・・・
だとしても悪そのものが消え失せたわけではあるまい・・・
たとえグレッグが涙ながらに己に罪はないと訴えたところで・・・
パペットマンは所詮グレッグ自身の欲望が凝り固まってかたちを変えたものに
すぎない、その欲望自体はけして死に絶えていないのだ・・・
とはいえグレッグにはもはや気の毒なパペットたちに糸を結び付けて
想いのままに躍らせることはできまい・・・
その力がディマイズによって壊された以上、もはやグレッグには闇夜にふるう
ナイフとでもいうべきものを持たないと言っていいだろう・・・
その力がないということは、グレッグは光を失って闇に閉ざされたということ
なのだ・・・
セイラはもはやグレッグが死ぬことを望んでいなかった、むしろこのままずっと
生き恥をさらすことすら願っている・・・
ひっくり返ったゴミ入れの上に腰かけて・・・
アンディそう内心呟いて・・・
これこそ復讐というものではないかしら・・・そう言い添えてほくそえんでいた・・・
だとしてもそれでアメリカ中のワイルドカード保菌者が犠牲になることなど
望んでいなかったのではあるまいか?

何を売り渡したというのだろう、
浅はかな小娘の自尊心だろうか?
アンドレア・ホワイトマンという小さな女の子はとうの昔に死んで
しまっているというのに・・・
セイラは寒風に吹きさらされた髪を振り、顔にかかったところを手で
梳いて宥めながら・・・
公園を吹き抜ける風は、おそらく冷たいものなのだろうが・・・
顔を上げ、悔悟に彩られた戦場を見据えていると・・・
公園外れに背の高いひょろりとした去勢馬に乗った黒人の警官が姿を見せて、
近づいてきながらこちらを見つめている・・・
食い物にする相手を探りあてる豚といったところだろうか?恐怖に耐えつつ自分の仕事をしているにすぎないのだろうが・・・
食い物にされている、といえば・・・
そこでセイラは突然啓示を受けたように思い立っていた・・・
パペットマンの糸がすべて切られていたとしても・・・
グレッグ・ハートマンに食い物にされいる人間がまだ残っているではないか・・・
もはや使い古された異質な使命感が鎌首をもたげたかのように立ち上がり・・・
マスクをゴミ入れに叩き込んでから公園を後にすることにした・・・
これだけでも少しはアトランタの美観を保つことになるだろうから・・・