第八章その5 午前11時

  メリンダ・M・スノッドグラス
       午前11時


    「必要ありませんよ」
「タキス流の遠慮というやつですかな、閣下」
ジャックはベッド脇で折りたたまれた
車椅子を開きながらそう言っていて・・・
「あなたや車椅子などなくとも今朝は何の
支障もなく過ごせていましたからね・・」
「それはどうかな、猫に飛びかかられるかも
しれないじゃないか・・・」
「外に出てブレーズを探してはいかがです」
タキオンは枕を指が白くなるぐらい強く
抱き締めてそう言い返したが・・・
ジャックはため息をつきながら・・・
「警察が捜しているさ、FBIに伝えてある以上、
あの剣呑なストレイト・アロー辺りが鼻を
突っ込んで嗅ぎまわっているだろうさ、俺に
何をすることがあるというんだ?」
それを聞いたタキオンがとんでもないとばかりに
ベッドカバーを握りしめ、そこに縋るかのように・・・
「孫を探さなければなりません、何としても、
私にはもうあの子しか残されていないのですから・・」
ジャックはそれに構わずに椅子に腰を下して、
煙草をとりだしながら・・・
「警察は、ポピンジェイと一緒にいたと言っていたよ、
確かジェイ・アクロイドのことだったかな?
ということはあんたが手術を受けていた土曜の晩には
まだ病院にいたということだ、待合室でTVを観ていたとさ、
それを看護婦の一人が思いだしたそうだよ、そこで確か
ポピンジェイがブレーズを見つめながら『探偵ごっこ
いかがかな』だかなんだかぬかしてたのも聞いたんだそうだ」
「理想の名にかけて(なんてことを)!」
タキオンが唇を噛みしめながら・・・
「ポピンジェイ絡みの荒事に孫は巻き込まれているのでは
ないでしょうか・・・」重ねるようにそう漏らすと・・・
「警察はその時間にどのチャンネルでどの番組を観てるか
調べてるようだがね」ジャックはそう言いながら首を振って・・・
「実際土曜の晩はそれどころじゃなかったからな、夜通し
引っ張りまわされていたんだから・・・」
ジャックはいかにも憔悴しきったというように・・・
「俺は相応しい候補を選んだつもりだったのにな・・・」
とぼやいているときたものだ・・・
「ハイラムに電話して話そうとはしたのですがね・・・」
タキオンはそう言いだして・・・
「ハイラムもブレーズと一緒にいるのじゃないかと思いましてね、
ところがハイラムまで雲隠れしたようでして・・・」
「それはどうだろうな、まだホテルをチェックインしていないん
じゃないかな?」そう応え・・・
「私がロビーで見かけたときは旅行鞄を持っていましたよ・・・」
タキオンはさらにそう言い募り・・・
「ハイラムならジェイと親しい友人ですから、もしアクロイドが
面倒にまきこまれたなら、放っておきはしないと思うのです・・」
そこでタキオンは思案に沈んだのか黙っていると・・・
「どっちにせよ行方知れずならどうにもならんだろ、ともかく今は
休むことだ・・・」
そう言われたタキオンは枕を下にして寄りかかるようにしながら・・・
「それはそうかもしれませんがね」そう応えて目を閉じて・・・
「ブレーズの精神の痕跡が何か残っていないか探ってみるべき
でしたね、それでは灯りを消していただけますか?ともかく集中
したいのですよ・・・」
そしてほとんど聞き取れない声で・・・
「うんざりです、もううんざりなのですよ・・・」
そう呟いているタキオンに・・・
「バーボンのボトルでもあったら黙っていられると思うがな」
そう軽口を叩くと・・・
「そんなものありはしませんよ」と素っ気なく返されたところで
ジャックは電気を消していて、明りの消えた薄暗がりの中で、
煙草をテーブルの上に置くと、グラスに氷を入れてテーブルの
上を手探りし、ボトルの一つに手を伸ばした・・・
ジェイムズ・スペクターの灰の入ったボトルだった・・・
ジャックはその骨壺を下して別のボトルを手に取って
今度はそいつが気に入ったようで、早速そいつを一口呑んでいた・・・
スコッチだ、なんと忌々しいことだろう・・・結局その匂い以外何一つわかりはしなかったのだから・・・