ワイルドカード6巻第8章 その6

    スティーブン・リー
      午前11時

全てに違和感が感じられる・・・
リムジンを借りてエレンの病院に向かう際に
同乗した私服警備員達してからも・・・
どれも見知らぬ顔に思えて、そうして何も
話さずどいつも濃い色のサングラスで顔を
蔽っていて、一様に紺のスーツに身を包んで
厳めしい顔をしているその姿からは違和感しか
感じ取れはしない・・・
もはや彼らの精神を開く鍵というものをグレッグは
持ちあわせていないこと以上に、己の脳裏にすら
囁く声がないことに違和感を感じてならない・・・
周りの人間の脳内における潮の流れともいうべき感情の
流れのうねりというものが感じとれなくて、その急激な
変化に戸惑っているのだ・・・
突然視力を失い、死んだように身動きがとれなくなると
いうことはこういうことなのだな、そうではないかね
パペットマン・・・そう呼びかけてからもう一度呼んではみたものの・・・
己の言葉が反響するばかりで・・・
死んで、いなくなったのだったなそう内心呟いて溜息をつきながら、喪失の哀しみと期待を同時に
感じつつ・・・
周りを見回して手を伸ばしかけ、疎外感に打ちのめされながらも・・・
それでもどうにもならないことを受け止めかねていて・・・
ともあれアトランタの日差しから逃れ、家に帰って一人で
考えてみよう、と思い立った・・・
そうすればもしかしたら傷は癒えて再スタートがきれるという
ものではなかろうか・・・
悪いのは私ではない、そうとも、パペットマンがやったのだ、
そしてあいつは死んだ、もう罰は充分に受けたというものではあるまいか・・・
そうしてエレンに何をいうべきか決めかねていた・・・
少なくともエレンだけは何も変わらずに労わってくれていた・・・
ともあれもう心配はないと伝えて些かなりとも安心させてやるべき
だと考えながらも、何が起こったか知りたがったらどうして説明した
ものか決めかねていたのだ・・・
おぞましく身も凍るような真実をぶちまけて許しを請うべきかと
も思えば・・・
一方ではエレンが示してくれた感情は、パペットマンが導き出したもの
に過ぎず、愛情すらもあの能力なくしては引き出せないのではないかと
も恐れてもいる・・・
そうとも、部分的に真実を話せばいい、確かに自分はエースで、その
能力を悪用として人々を、エレンすらも操ってきたかもしれないが全てを
話す必要はないではないか・・・
一部を掻い摘んで話せばいい、夥しい死や痛みには触れず・・・
エレンとその子供にしたことを放さなければいい・・・
それならばまだまったく希望はないということもあるまい・・・
エレンこそが唯一崩れ去った全てから掬い取れる唯一の存在であり、
道を示すべく手を差し伸べてくれるであろう唯一の光といえるのでは
なかろうか・・・
エレンがいかに必要かを考えて胃が縮み上がるように感じ、腹にまだ
何か冷たいしこりがあるようにすら感じていると・・・
上院議員ですね?到着いたしました」病院の通用口に着いたところで、
後ろに座っていた私服警備員がドアを開けてくれて外に出ると、
サングラス越しであるにも関わらず、日差しが眩しくて、その熱気が
焼けつくようだと感じながら、革の匂いがして冷たく感じられる車内に
少しでも長くとどまろうと・・・
「エレンももうすぐこに来るだろうね」と運転手に声をかけ・・・
「エレンを連れていくことになるだろうね」と話していると・・・
上院議員」とボディガードの一人から声を掛けられて・・・
「あれは奥様ではないですか?」と継がれた言葉に・・・
グレッグは首を伸ばして病院から出てきた車椅子に乗ったエレンの姿に
目を留めると、レポーター達も束になってついてきているようで・・・
背後に控えた専属の私服警備員やカメラを抱えた人々に立ち混じった
一人の姿にグレッグは困惑して眉を潜めていて、熱く焼かれたアスファルトからも
熱が突然奪われたようにすら感じていたのだ・・・
あれはセイラだ・・・
ガラスの窓越しに顔をおしつけるようにその姿を見つめながら・・・
Noなんてことだ」
そう呟いてエレンにかけよろうと逸る気持ちを抑え・・・
私服警備員達がエレンの周りのレポーター達を制止して道を開けて
くれてるのを見つめ・・・
車椅子の傍に立ち、その抱えた鞄すらも目に入っていながらも・・・
立ち上がって外に出て、カメラに向かって笑いかけてみせた・・・
幽鬼のごときセイラの存在を視界から締め出しながら・・・
「ダーリン」そう声をかけ・・・
「エーミィがね・・・」
グレッグはそこまで口にだしてから言葉に詰まっていた・・・
見つめるエレンの視線がえらく遠くきついものに思えたのだ・・・
そしてエレンは視線を逸らし・・・
口元を真っ直ぐ引き締めて、暗い瞳に厳粛で断固とした意志を
こめながら・・・激しい嫌悪を滲ませて・・・
「セイラの話したことが全て本当のことかはわからないけれど・・・」
そこで一端言葉を切ってから・・・
「それでもあなたに対しては思い当たることがありましたよ、グレッグ、
特にこの一年に関してのことに対しては・・・」
そうして泣きそうになりながら、気遣うレポーター達の視線を振り払う
ようにきっぱりと・・・
Goddammnyouけして許されることではありませんよ、グレッグ、
Goddammnyou foreverあなたのしたことは永遠に償うことも許されないことです・・・」
そこでエレンは思わず手を振り上げていて、グレッグの頬をかきむしって
いて、グレッグはその痛みに涙を零しながら、頬に走った爪の跡に気が
遠くなるように感じつつ・・・
カメラの立てるパシャパシャいうシャッター音を聞きながら・・・
「エレン、お願いだから・・・」そう口にだしはしていたものの、
エレンは聞く耳も持たず・・・
「時間が必要ね、グレッグ、あなたと離れて過ごす時間が必要なのよ」
そう言い放つとセイラから鞄を受け取って、さっさと待っている車に
向っていて、セイラはその後についていきながら、グレッグの貌に
走る赤い筋を冷たく見据えていて・・・
それがガラスの向こうのようだ、と感じていると・・・
Bastard相応しい貌だわ
そう呟いたと思うと、黙って目を逸らしていて・・・
「エレン!」
グレッグはそう言ってセイラの冷たい視線を感じながらも追いすがったが・・・
エレンは振り向きもせず、運転手は鞄をトランクに詰めると、護衛の人間が
ドアを開けたところで考えていた・・・
パペットマンがいてくれたなら・・・
エレンを止めることができていて、エレンは腕の中に飛び込んできて、
劇的な和解を遂げることもできていたかもしれなかったのに・・・
パペットマンがいてくれたなら・・・
幸福なエンディングも用意されていたのではなかったか・・・
そう考えている内に、エレンは車に乗り込んでいて、シートに収まると、
そのまま去ってしまったのだった・・・
グレッグを一人残して・・・