「一縷の望み」その8

火曜午後11時45分

クリサリスのところを出てからずっとふらふらしていて、ヴァンで待っていたファイルに、一人で帰ると言ってしまったのだ・・・

Fuck the risk(なんて迂闊だったのだろう)

逃げ回るのにも疲れたし、用心するから、と言い放ってしまった・・・

クリスタルパレスから通りに出ると、ビールのすえた匂いと腐りかけの食べ物の匂いがして、猛烈な吐き気を感じ、片手でゴミ箱にもたれ、盛大に胃の中身をぶちまけた・・・

そうして胃が空になったにもかかわらず、それでも吐き気はおさまらず、気分が良くはならず・・・

胃は締め付けられるように痛み、筋肉はぶたれたかのような痛みがして、熱も上がるばかりだ・・・

「Oh Fuck(ちくしょうめ)」そう悪態をついて、唾を吐こうとしたが、喉は渇ききっていた・・・

ファイルを待たせておけばよかったのだ、そんな

後悔に蝕まれながら、ゴミ箱を押しのけ、胃を押さえて、倉庫に向かって歩き始める・・・

6ブロックなら、そう遠くねぇ

そう呟き4ブロック進んだところで、胃がまた反抗し始めた、しかもさっきよりひどいときたものだ・・・

何もありゃしねぇさ、そう己に言い聞かせ、だましだまし脚を動かそうとしたが・・・

「Christ(嗚呼)」そう叫んでしまった・・・

顔面からこれまでにないねじれるような痛みを感じている・・・

その痛みで脚をもつれさせ、ゴミ箱の傍にうずくまることになった・・・

救いがたい吐き気を脇においやり、息を整えようとしたが、身体の内側から火が立ち上っているように感じ、頭はずきずき痛み、服は汗で水に浸されたような有様で、その痛みを別の痛みでやりすごすべく、コンクリートを血が出るまで叩きはしたが・・・

けしてよくはならず、身体中の至るところの筋肉が痙攣を始め、そこで鋭く獣じみた叫びをあげ、

拳を握り締め、背骨は痛みに弧を描いて折り曲げて、思い通りにならず反抗する身体を抱え、

地面に転がるかたちになった・・・

腕のあちこちで、腱が切り裂かればらばらになるような感触を感じ、その下の骨がそれ自体生命を持つかのようにのたくって、腸には酸が注がれたかのようであったが、ともかくようやく痛みが弱まったように思えたが、それはけしてよくなってのことでないことはなぜかわかっていた・・・

不意に痙攣が収まり、無様な姿で固まって、動けなくなっている、どうにも瞼一つ、指一本すら動かすこともままならないのだ、そうして悟っていた・・・そうあのときに終っていたんだ、と・・・

誰か叫びを聞いただろうか、誰かみつけてくれるだろうか、ジョーカータウンの住人ならタキオンのところに連れて行ってくれるに違いないというのに・・・

だがそれで終わりではなかった、開かれたままの目を見開いていたが、腕から骨が飛び出したのが見えるが、そいつはオーブンの中のキャンドルのように溶け崩れている・・・

そうして身体全体が崩れ、内側に沈み始めるのを感じ、皮膚は沸騰した水をつめた風船のように膨らんで、叫びを上げようとしたが、口を開くことすら適わない、それでも失われていく視界に、ゴミ貯めと壁、溶けていく骨が認識できたが、世界自体が薄暗く、遠のいていくかのように感じている・・・

もはや喉もあるのかどうかすら感じられず、呼吸をすることすら適わない・・・

あのジャケットがクリサリスのところにあるじゃねぇか

最後にそんな想いが残っていたことに驚きながら、聞くことも見ることももはや適わないというのに、背中に火かき棒をつき立てられたような熱を感じながら、なぜか紙を切り裂くような音を感じていた・・・

背中の真ん中に小さな破れ目ができて、ゆっくりとその裂け目が広がり、ぎざぎざの縞模様を描くように広がっていった・・・

音もない、苦痛に満ちた虚無の中、こうして意識があって、死にきれないことこそが、ミーシャの言っていたジョーカーを待ち受けている地獄そのものように思え、心の中で、ミーシャと、そしてハートマンを呪い、ワイルドカードと世界そのものに怨嗟の声を上げていると、ようやく意識が遠のいていった、祈りが世界に通じたかのように・・・