ワイルドカード4巻「ザヴィア・デズモンドの日誌」ⅩⅠその1

ザヴィア・デズモンドの日誌

       G・R・R・マーティン
   
    4月10日 ストックホルム

とてもくたびれています。
医者の断言したことを認めたくない・・
この旅が間違いであったなどと思いたくないのに、
身体がそれを裏づけてしまっているのです。
はじめの数ヶ月は高揚した気持ちが勝っており、
よくなったとすら思えたものです・・・
すべてが新鮮で刺激的に感じられたものですが、
終わりが近づいた今となっては、疲れのみが覆い
被さり、ひましに己をすり減らしているようで耐え難く、
移動も食事も、絶え間ない病院にジョーカーのゲットー、
研究施設、そして空港にバス、ホテルの部屋へと
いったそんなささやかな営みすらが、残された尊厳すらも
霞ませ、脅かせていく・・・
もはや内にいれたものを飲み下すことすらできやしない・・・
そうしてやつれ果てていく・・・
癌に、旅の緊張、歳月、それらすべてによって・・・
旅は終わりに近づいており、4月29日には、トムリン空港に
帰ることが予定されており、あとは片手で数える程度の訪問で
すみそうなのは幸いと言えるのではないでしょうか・・・
望郷の念が耐え難いことを打ち明けたのは私だけかもしれませんが、
そうであるのは私だけではないはずです、みな疲れ果てているのですから・・・
それでも、支払った代償が如何に大きかろうとも、この旅で得たものはけして
失われることはないでしょう、ピラミッドに万里の長城を目の当たりにし、リオにマラケシュ
モスクワの街路を歩み、そしてローマにパリ、ロンドンもその記憶に加わることでしょう・・・
そう悪夢だけではなく、夢のような経験をもまた味わうことができたのですから・・・
そこで多くのことを学びました・・・
あとはその知識を幾分か活かせる分だけ生き延びれることを祈るのみです・・・

スウェーデンという国は、先に訪れたソヴィエト連邦や、他のワルシャワ条約機構
国々とは異なり、幾分清浄な空気が感じられます、もちろんいかなる意味でも社会
主義に対するわだかまりがあるというわけではありませんが、
それでも<医療ホステル>なる施設に収容された模範的ジョーカーの話を耳にする
たびにうんざりしてなりません・・・
社会主義の医療に、社会主義の科学ならば、ワイルドカードの呪いに打ち勝つことができる、
と繰り返し聞かされていたからです・・・
もちろん一抹の信頼も置けない、というわけではないとしても、ソヴィエトがその存在を認めている
ジョーカーの生涯というものがその治療の代償として必要とされているでありましょうから・・・
そしてビリィ・レイが言うには、ロシアには何千人ものジョーカーが灰色の巨大な壁の向こう、すなわち<ジョーカー収容所>に隠されているということで、そこはホスピタルと表向きは言われていますが、それは名ばかりで、看守ばかりが多く、医者も看護婦もわずかしかいはしない、まさに監獄と呼ぶべき場所とのことでした・・・
その一方で、1ダース程度のエースは、軍隊に警察といった政府組織に重用されているのだとか・・・
もちろんソヴィエト連邦はそういった話を否定しながらも、そうして我々がどこに行くにしても、国連に対する<協力>の名の下に国連とは係わりのないKGBや様々な人々の姿を見え隠れさせているのです・・・
タキオンにしたところで、社会主義の医者とは控えめにいっても、そりが合わないようで、ソヴィエトの医療に対する嫌悪は、ハイラムのロシア料理に対するそれ以外勝るものではないでしょう・・・
それでも二人とも、ソヴィエトのウォッカの価値は認めていて、それに慰めを得ているようでありましたが・・・
また冬の宮殿におけるディベートも興味深いものでありました・・・
主催者がタキオンに彼らなりの歴史の講釈をしていたときのことでした・・・
封建主義が資本主義に道を譲らなければならなかったように、資本主義は文明の成熟とともに社会主義に道を譲ることになるだろうという話を耳にしたタキオンが、信じがたい丁重さを持って語り始めたのでした・・・
「少しよろしいでしょうか・・銀河を二分する二つの勢力があります、一方は私が出自とする文明で、光を尊ぶ幾分封建的勢力であり、
他方はネットワークと呼ばれている勢力で、地球人の考えるより遥かに欲望と競争というものに重きを置く、資本主義と呼べる社会形態をとっております・・・
それでもどちらの勢力も社会主義に成長する兆し
はありませんね・・ご静聴を感謝いたします・・」
それから少し押し黙ったのちに一言付け加えたのでした。
「そうそう、他を同化していくという意味では、
群れ子こそがもっとも共産的勢力と呼べるのでしょうね・・」
短い言葉ではありましたが、どこから調達したかは知りませんが、あのコサック風の衣服に全身を包んでいなければもう少しソヴィエトの人々に感銘を受けたのではないでしょうか・・



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他のワルシャワ体制国家に関してはとりたて報告することもございません、ユーゴスラヴィアは暖かく、ポーランドは極寒で、チェコスロヴァキアのみが比較的穏やかであったくらいでした・・・

ダウンズは恐ろしくなるほどの集中力で、農家に伝わっている、ハンガリールーマニアの吸血鬼の噂を書きとめていましたが、おそらくそれらはワイルドカードの産物でありましょうし、それはエーシィズ誌に相応しい記事となることでしょう・・・あとはブダペストで5分程度ペストリー菓子のシェフと言葉を交わしたぐらいでしょうか・・・

小さなジョーカーのゲットーも目にしましたし、
Solidarity Aceエース連携>なる噂も耳にしました。
それは無法な貿易国家を勝利に導くのだとか・・
とはいえポーランドでの二日間での滞在で、ハートマン議員はレヒ・ワレサとの会談への道がついたとのことで、AP通信による彼らの会談の写真は旅の成果として飾られることになることでしょう・・・

ハンガリーではハイラムがツアーを離れました、またニューヨークで非常事態が発生したとのことでしたが、スウェーデンに着くころには合流できるとのことでした、それならば安心というものでしょう・・・