ワイルドカード4巻「ザヴィア・デズモンドの日誌」ⅩⅡその2最終章

テロも流血沙汰ももうたくさんですが。

少なくともそれは無益なものではなかった、と信じたいものです。
我々の報告が衆目にさらされたならば、第三世界における、ジョーカーの苦境に対する関心も増す、というものでありましょうから。
個人レベルにおいても、ジャック・ブローンはタキオンとの30年来の確執から開放されて、わずかながらも己を許すことができたでありましょうし……ペレは輝かんばかりに妊娠を誇り、
あの哀れなジェレミア・ストラウスが類人猿のくびきからずいぶんかかりましたが、ようやく解放されたのです。
ストラウスとは旧知の間柄であり、アンジェラがファンハウスを切り盛りしていて、私がまだMaitre‘dボーイ長であったころ、彼は劇場でのキャリアを買われ、映写技師としての契約を申し入れられたこともありました。
それに対し結局、感謝の言葉は口にしましたが、はっきりと引き受けたというかたちにはならなかったわけですが、
今の彼の状態を鑑みるにTime Traveler浦島太郎のようなものであり、もはやあのときの妬ましい感情も薄れ、憐れみすら感じるのです。
そしてタキオンはというと。
あの新たなパンクの髪型ときたら、実に醜いもので、脚を怪我したのみならず、性的不能をかこつ身であるということは、機内で周知の事実ながら、今はフランスから伴ってきたBraiseブレイズのことで頭が一杯のようで、何とかこの少年を目立たせないよう心を砕いているようですが、もはや誰もがこの少年の素性を知っているといって過言でないでしょう……彼がパリで過ごした日々のことを口にしなくとも、あの髪のみならず、マインドコントロールの力を見るに充分、明らかというものでしょう。
ブレイズはじつに不思議な存在であり、初めに合流したときからジョーカーに驚き、ことにクリサリスの透明な皮膚には魅了されたようでありました。
言い換えれば、未就学児童が当然のように備えている残酷さというものが垣間見えたのです(そしてジョーカーほど、子供というものがいかに残酷であるか、ということを思い知らされているものはいないことでしょう)それはジョーカーに対してにとどまるものではなかったのです。
あれはロンドンでのことでした、タキオンが電話にでるために、数時間彼から目を離したことがあったのです、そのとき彼は目に見えて退屈であると見えて、モーデカイ・ジョーンズの精神をコントロールして、テーブルに上らせ、詩のようなものを詠唱させたのです。
「私はささやかなティーポットでした」
おそらくブレイズは英語を習う際に、その物語を耳にしたのでしょう。
結局テーブル自体がジョーンズの体重を支えきれず、崩れてしまったのですが、ハマーはその屈辱を忘れておらず、タキオンに対する複雑な感情をもこじらせているようでした。
もちろん甘くふりかえるものばかりではありません、多くのものにとってもこの旅は過酷なものであったことは、否定できない事実であり、セイラ・モーゲンスターンなどは、かなり多くの記事を控えていて、これまでのキャリアにおける最良の記事が書けるであろうにもかかわらず、旅が進むにもつれ、その表情は険しく、神経をすりへらしたものになっているようにすら思えます。
機内に話題を転じると、ジョッシュ・マッコイはペレグリンに対する熱意を強め、その子の父親に関する風評に対し、怒りをあらわにしています、
その父親が彼でない誰かということのみしか知られていないと言われていますが、ディガーの手元には他と違った情報があるのではないかとも囁かれているのです。
当のダウンズはといえば、じつに飄々としており、その垂れ流す情報同様無責任極まりないわけですが、タキオン不能をふせることを条件に、ブレイズのことを記事にしたいと申し入れたとのことですが、その交渉はうまくいかなかったようでした。
ディガーのぬけ目なさに対抗できるのはクリサリスのみと囁かれていたものですが、ロンドンのバーで、言葉を交わしていると聞き、そこにいってみました。
そこでの話をディガーに訊ねると、「おれが知ってる」というと、クリサリスは「それには二つの真実がある」と言い出すんだ。
どうにも鼻につく言い回しでならないわけだが、とディガーはいい、それをクリサリスに訪ねると、笑いながら、「悪くはなかったわね」とはぐらかされたのでした。
互いに鼻を利かせあい、腹を探り合っていたのでしょう、それは明らかにできないことがらだったのかもしれませんが、私がバーを出てからも続いていたのです。
クリサリスにもジョーカータウンに帰り着くことは喜びであると思いますが、イギリスにはことに愛着があるとみえ、そのイギリス贔屓を隠そうともしていません。
レセプションにおいて、明快なイギリス風のアクセントでチャーチル首相登場の案内を告げたのには驚きました、それはいかに英国にひかれているかということを示したものでありましたが、必要とあれば、女王の眼前であろうとも、その冷徹な口調で、首相をこきおろすことすら厭いはしなかったことでしょう。
幸い歯を見せて笑顔を浮かべたのみで、年老いて無口なウィンストン卿にその舌鋒が放たれることはなかったのでした。
もちろん彼がどう思ったか自体もうかがいしることはできないわけですが・・・
ハイラム。ワーチェスターの顔には、旅のどのメンバーよりも苦しみが滲んでいます、そして残った体力すらも、ドイツでの一件で搾り出されたかのようにすら思えるほど、あれ以来さらに疲れ切っていたようで、重力操作を誤ったのか、特注のシートを潰したことがあったほどで、その修理には三時間ほど要し、わずかな遅れをが生じさせました。
そうして一方ではかなり怒りっぽくなっており、シートの修理中にも、ビリー・レイの軽口に対し、怒りのみならず激しい口調で「大口だけの役立たずが」と言い放ちすらしたのでありました。
それを受けたカーニフェックスは薄ら寒い笑顔を浮かべて、「ああ黙ってデブを蹴りだすことぐらいならいつでもできるがな」と言い捨て、席を立とうとしました。
「立てるかな」ハイラムは拳を握って、ビリーの重量を操作し、シートに押さえ込んだのです。
ビリーは必死に立ち上がろうとしましたが、ハイラムはその重さをさらに増していきました、結局タキオンが精神操作で二人を眠らせてことをおさめたわけですが、彼の介入がなければ一体どうなっていたことでしょうか。
世界有数のエースが子供のように争うことには嫌悪と同時におかしみをも感じたわけですが、ハイラムの状態がひましに悪くなっていっているというのもまた事実なわけで、青白いというよりも真っ白な顔をして、息を常にきらし、首の後ろの襟の下に、に大きなかさぶたでもあるかのように、人目があるにも係わらず、そこを摩っているのです。
医者にかかるよう強く勧めたいのですが、そうしたところで、歓迎されることはないように思えます。
ツアーの間でもニューヨークに戻っていたのは、そこに何らかの慰めがあったのではないでしょうか、ともあれニューヨークに帰り着くことで、彼が穏やかとなれ、健康が取り戻せることを祈るほかはないようです。




さてそろそろ終わりが近づいてまいりました。
仲間たちが何かを得、何かを失ってきたことを綴ってまいりましたが、それ自体はさほどでもなく、かいつまんで申しますと、年老いたこの身にはかなりつらい経験をしてきたといえましょう。
ともあれトムリン空港について、そこを出るときには少しは賢明に見えるよう気を配らなければなりません。
なにしろ余命5ヶ月というのはさけえがたい事実なのですから。

私の死後に、この日誌が出版されようとなかろうと、アクロイド氏がこの日誌を孫に届けることを約束してくれ、力づくでも読ませてみせる、といってくれました。
そろそろこの日誌もしめくくらなければならないようです。

ロバートにキャシー、会えなかったことに対して、母親や祖母を責めてくれるかもしれない、どうして会わせてくれなかった、とすら言ってくれるかもしれない、だから最後に自己嫌悪について記しておくことにしましょう。
それは誰にでもあるものであり、特別私のみが持ち合わせているものではありません。
だからそれはおおめにみてほしいのです。
ジョアンナはまだ小さくて、父さんの身に起こったことが理解できなったかもしれない。
私はマリーを愛した気持ちと共に、変わってしまったことに対する憎しみをもともに墓に埋めようと思っています、もし私が逆の立場であったならば、同じ選択をしたでありましょうから。
人間に過ぎない身で、運命に弄ばれながらも、懸命に努力を重ねることしかできはしないのですから。
君たちの祖父はジョーカーです、もしこの日誌を読む日がくるならば、おそらくその意味も理解できるようになっていることでしょう。
祖父のできたことはわずかなものにすぎないかもしれない、JADLを遺せたことと、仲間のジョーカーのためにできたことは、ささやかながら語り継がれているものと思います。
私は、私を愛してくれた多くの人々を残して旅たたねばなりませんが、ピラミッドにタージ・マハール、ジェットボーイの霊廟に勝るものを遺していける、それは悪いものでないと思えるのです、ガンジスの水に脚をひたし、ビッグベンの鐘に耳を傾け、中国の万里の長城を歩み、娘が産まれて抱きしめることもできました、エースにTVスター、大統領や王とも食事をともにすることすらありました。
そしてもっとも重要なことは、世界がよりよい方向に向かっていることを感じながら、旅立つことができる。
そして私には何よりも、多くの思い出があるのですから。
そして望みが一つだけあるとするならば、適うならばですが、あの子たちに語り継いでほしいのです、ザヴィア・デズモンドという名の……
一人の人間がいたということを。