「手繰られしものたち」その14

          手繰られしものたち
                 ヴィクター・ミラン

             おまえが欲しい
その声に、ハートマンはむさくるしく小さな部屋を見渡した。
ウルリッヒは行きつ戻りつしながら不機嫌な面をさらしている。
がたいのいいウィルフリードは腰を下ろし、細心の注意を傾けてアサルトライフルを磨いている、
何かしら常に手を動かしている印象の強い男だ・・・
ジョーカーが二人、黙って座っており、あのロシア人は壁に向かって紫煙を燻らせている・・・
そしてレザージャケットのあの小僧には、慎重を期してあえて視線を向けはしなかった・・・
マッキー・メッサーは鮫の小さい歯がどうこうとか、ジャックナイフにファンシーなグローブが
どうこうとか口ずさんでいる・・・
そういえばあのメロディは聞いたことがある、
10代のころに聞いたのはボビー・ダーリンだっただろうか、感傷的な声のそういったアイドルのより洗練された唄声だった気がする・・・
それだけじゃない、たしか反戦の機運が高まっていた86年に講演のため訪れていた母校の薄汚れた一室で初めて耳にしたのだ・・・
ウィスキーで喉をやられたと思われるBaalバールの上演の際のベルトルト・ブレヒトのようなバリトンの声は暗く悪辣に響いたものだった・・・
そうして喜びを詠い上げる歌声、ディスティニーの今は亡きリードシンガー、トーマス・マリオン・ダグラスの歌声だ、
そしてあの遠い日に耳にしたフレーズが蘇り、背筋が寒くなって、思わず身震いしてしまった・・・
お前が欲しい
駄目だ、こいつは正気じゃない、危険なんだ
こいつを使えば、ここから抜け出せる
とらえどころのない恐怖の感情を己の内に感じている
テロリストたちは交渉を受け入れているのだから、じき解放されるさ
嘲るようなパペットマンの感情を感じもするが、その感情はえらく遠いものにも感じられる・・・
ハイラム・ワーチェスターがどれだけ積み上げようとも、そんなものは零れ落ちるのみだ
ならば待とうじゃないか、付け入る隙ができるのも時間の問題だろう・・・時を待つのだ
汗が、血に汚れたベストとシャツの間に押し込まれた身体に絡みつくのを感じる、それは
ぬめぬめとまとわりつくつるのようだ・・・
なぜ待つ必要がある、パペットがいるではないか、テロリストとジョーカーをたきつければいい、
そうすればここからただちに抜け出せよう

何ができるというんだ、あの性悪のタキオンとは違うのだぞ、あおるだけでは逆効果だろう
うねりとともにあのときの記憶が蘇ってきた。
1976年のことを忘れたのか そうパペットマンに言い聞かせた
あのときもどうにかできると自惚れていたのではなかったか
嘲笑うような感情が内で高まるのを感じ、目を閉じて、集中し、その感情を宥めなければならなかった、
私も操り人形の一体にすぎないのではないのか
一方で、そういった感情が己の中で膨んでいっているのも感じている・・・
私の中のデーモンが強さを増し、私自身を捕らえていると
いいや手綱は私が握っているのだ、パペットマンなどは幻想のようなものだ、私の中のエース能力が人格をもったに過ぎないのだから、これはゲームにすぎない、そしてそれを支配しているのは私自身なのだ
そう己に言い聞かせはしたが、精神の暗く曲がりくねった奥底から勝ち誇った笑い声が響いているような気がする、そう思えてならなかったのだ・・・